リベラルの矛盾

プーチン個人に戦争の根本原因を見るリベラルの診断や処方は矛盾しています。リアリストのケネス・ウォルツ氏は、今から60年以上前に、戦争の原因を指導者の判断や行為のせいにすることに内在する問題を以下のように鋭く指摘していました。

「人間の邪悪さや愚かさの証拠を単純に指摘して…犯罪や戦争のような望ましくない事件を(これらに)関連づけるのは単純な仕事である…そう試みようとすると、事実と価値判断のごったがえしの中で動きがとれなくなる」

(『人間・国家・戦争』勁草書房、2013年〔原著1959年〕36、40ページ)。

ロシア・ウクライナ戦争の原因について、リベラルは総じてプーチンの「帝国主義的野望」や「ウクライナをロシアの属国とする妄想」に求めています。ティモシー・シュナイダー氏は、プーチンがウクライナを国家として消すことを目指した植民地戦争を行ったと断言しています。

日本のあるウクライナ研究者は、プーチンが「ウクライナは本当の国ではない」と語ったことに着目して、「『妄想の歴史観』を背景に、ただウクライナを自分のものにしたかった」から侵略したのだと言っています。

しかしながら、このような戦争原因の説明は筋が通りません。なぜならば、プーチンがウクライナを植民地支配する「妄想」に取りつかれていたならば、2022年2月より前に、ウクライナに侵攻すべきだったからです。

プーチンは20年近く、ロシアの権力を掌握し続けていました。その間、かれはなぜウクライナの征服を自重しなければならなかったのでしょうか。とりわけ、プーチンにとってクリミアを併合した2014年は、ウクライナ全土を自分の手に入れる好機でした。

春名幹夫氏によれば、「2014年、ロシア軍…がクリミア半島を併合した際、弱体化していたウクライナ軍はほとんど抵抗しなかった。戦闘経験がなく、数十年間続いた政府の腐敗に加え…(2014年時ウクライナ軍は)医療器具や軍靴、ヘルメットといった装備も持っていなかった。クリミア半島併合の際の戦闘で、ウクライナ海軍は約70%の艦船を失った」そうです。

つまり、2014年当時のウクライナは今より、はるかに弱かったのです。もしこの時点でロシアがウクライナに全面侵攻していれば、ウクライナ軍はより困難な抵抗を強いられ、ロシアが同国を占拠できる見込みは高かったでしょう。にもかかわらず、プーチンはクリミア併合のみに侵略行動を限定したことは、彼がウクライナに抱いたとされる妄想と矛盾します。

戦争の必要条件

戦争の原因を特定するに有効な1つの方法は、「必要条件を見定める反実仮想法」です、これをゲイリー・ゲルツ氏(ノートルダム大学)とジャック・リーヴィ氏(ラトガース大学)は、次のように紹介しています。

「もしXが起こらなかったり存在しなかったりしたら、Yは起こらなかっただろう」と推論するのだ。これが成り立てば、それは必要条件になる。なぜならば、これが「XはYの必要条件だった」と言い換えられるからだ…他方、常に存在する条件は「取るに足らない必要条件」にすぎない。

(, Routledge, 2007, 39ページ)。

リアリストが主張するに、NATOをウクライナに拡大しようとしたことが、ロシアの生存を脅かして、同国を予防戦争に駆り立てたとするならば、NATO拡大がロシア・ウクライナ戦争の「必要条件」だと推論できます。

それでは、NATOが東方に拡大しなければ、この戦争は起こらなかったのでしょうか。これについて100%正確な反実仮想は不可能ですが、この仮説を支持する有力な根拠があります。それはドイツのメルケル元首相の次の発言です。すなわち「プーチンは(ウクライナのNATO加盟を)実現させなかっただろうと、私は確信していました。それは彼にとって宣戦布告だったでしょう」というものです。

これは裏を返せば、この数年において、アメリカがウクライナ軍の訓練を支援したり、共同軍事演習を実施したりすることにより、同国を「事実上の」NATOのメンバーに組み込むような行動は、ロシアの予防戦争を誘発した可能性が高いのです。

他方、プーチンというロシアの指導者は、ロシアがウクライナに侵攻したりクリミアを併合したりする前後にわたり、継続的に存在していました。つまり、プーチン・ファクターは、この20年間、ロシアとウクライナの対立と共存に対して「常に」作用していたので、この戦争の原因としては「取るに足らない必要条件」に過ぎないのです。