今の時点で思い出しておくべきは、2023年の「反転攻勢」の開始時期だ。すでに冬を一度越えて、ロシア軍は支配地を防衛するための準備を進めていた。そうなると2022年のようなウクライナ側の劇的な進軍は難しい。ウクライナ軍がロシア軍を圧倒できる戦力を蓄えるまで平穏な戦局を維持しておく戦略もありえただろう。しかし、その選択肢は採用できなかった。理由は、アメリカの大統領選挙だ。

2023年の段階で、バイデン氏とトランプ氏の一騎打ちが再現されることが予測され、しかもバイデン氏の不人気のため、トランプ氏の優位が予測されていた。

ウクライナにとっては、強力な支援を約束し続けていたバイデン氏の再選が望ましい。それを後押しするためには、アメリカで大統領選挙の予備選挙が始まる前の2023年末までには、巨額のアメリカの軍事支援の目に見えた成果を見せる必要があった。

もし巨額の支援を提供しても、ウクライナ軍が成果を出せないのであれば、支援は打ち切られ、しかも支援に消極的なトランプ氏の再選の可能性が高まる。時期尚早であっても、バイデン氏を助けるために、「反転攻勢」を開始して「アメリカの支援の劇的な成果」を見せる必要があった。

この観点から見て、私は、2023年「反転攻勢」には合理性があったと考えている。ロシア軍をさらに押し込んだ結果も、現実の諸条件を見れば、失敗だったとまでは言えないとは考えている。他方、バイデン氏再選のために「アメリカの支援の劇的な成果」を見せるという政治的効果は、限定的なものでしかなかった。

そのため、大統領選挙戦でトランプ氏優位が続いただけではない。議会までがウクライナ支援に消極的になり、予算が可決されないという事態まで引き起こされた。これが、ロシア・ウクライナ戦争の一つの峠であった。

2024年になる頃には、トランプ氏は、自分が大統領になったらロシア・ウクライナ戦争を止める、と公言し始めた。戦局の膠着状態と物価高で苦しむアメリカ国民の疲弊を見れば、選挙戦術としても、トランプ氏の態度には合理性があった。