思い出してほしい。アルベルト・アインシュタイン(1921年度ノーベル物理学賞受賞)が、ちょうどアメリカのプリンストン高等研究所に在籍していた湯川秀樹(1949年度ノーベル物理学賞受賞)のもとを訪れ、大粒の涙とともにこう述べたという(真偽は不明だが)話がある。「あんなことになるのならE=mc2を私は世に出さないほうがよかった」

長崎市に投下された原爆のキノコ雲Wikipediaより

ヒントンの、とりわけ昨年の言動を振り返ると、彼がAIの爆発的といっていい進歩ぶりについて、アインシュタインと同じ懸念を抱いているのがうかがえる。

そこにノーベル物理学委員会が、メダル授与でヒントンに加勢した…というところではないかと私は想像する。現代のエクスカリバー(聖剣)ことノーベル賞メダル、これをそなたに授ける。商業主義に走る愚か者たちを、これを以て静粛せよ新たなる老賢者ジェフリー、と。

難点が三つあった。①ヒントンの研究は物理学というよりはコンピュータ科学、②彼の「ボルツマンマシン」を支える数式は(E=mc2のケースとは違って)彼の発明ではなかったこと、③その世界初のニューロン定式化を行ったのが物理学者でもAI研究者でもないこと。

今回の受賞で、日本の数理脳科学者・甘利俊一(③の人物!)の名がなかったのは私も真に残念だったが、委員会が望んだのは、AIの進歩に伴う、見えない明日への警鐘を鳴らすシンボル的人物として「AIのゴッドファーザー」ことジェフリー・ヒントンを選びだし、その発言を老賢者の予示として増幅させることであった…

そして物理学賞の正統さを保つために、物性物理学者ジョン・ホップフィールドが「ボルツマンマシン」のモデル先駆者として追加された…(実際プレスリリースに目を通すと、物理学の一貫として今回の受賞理由が長々と述べられている)

以上はあくまで私見である。

ただこの三日後、ノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与されることが報じられた。賞委員会は部門別であるので、物理学賞とはむろん独立しての選考だとはいえ、科学史に多少でも見識がある者であれば、きっとこんな想像を広げただろう。