この状態は果たして好ましいことなのだろうか。その気になれば治療法を見出せる病に、多くの貧しい人々が今も苦しんでいることにもっと目を向けてほしい… 大村らへのメダル授与には、そういうメッセージが託されていたように思われる。

ジャンプまんがを凌駕したAI

今年(2024年)のノーベル物理学賞がAIの基礎理論に贈られることが、どんなメッセージを伴ってのものなのか、想像してみよう。

日本発の人気まんが「ヒカルの碁」には囲碁の天才霊が出てくる。そして囲碁素人の男の子(小6)に取り付いて、この道に導いていく。

2016年末、この天才霊が実在するのでは…と噂が広まった。それも全世界に、だ。中国の大手囲碁サイトに、「Master」を名乗る謎の棋士が現れ、61戦60勝という強さを見せつけた。やがてその正体が明かされた。グーグルが開発した囲碁AI「AlphaGo」であると。

同社がAIに力を入れだしたのは、2012年。画像認識コンテスト「ImageNet」で、ある画期的なアルゴリズムが、初参加ながら優勝、それも二位を大きく引き離す好成績を収めたのが皮切りだった。

いわゆる深層学習。この開発チームのリーダーが、今回ノーベル物理学賞を授けられるジェフリー・ヒントンそのひとであった。

グーグル社はこの画期的研究を見逃さなかった。翌2013年には、ヒントン率いる研究企業「DNNresearch」(従業員3名)を買収して彼を迎え入れ、AI研究所「Google Brain」の非常勤研究員としてヒントンは、大学教授との二足の草鞋を履くことになった。

さらに翌2014年には、イギリスのAI研究所「DeepMind」がグーグル社に吸収された。謎の天才囲碁棋士「Master」ことAI「AlphaGo」を開発したのも、このチームだ。2016年には韓国の囲碁チャンピオンを4勝1敗で制したのは記憶に新しい。

同年にはAIによるグーグル翻訳機能が一新され、その滑らかな訳文に驚嘆の声があいついだ。私事で恐縮だがコロナ禍の頃、医学論文をいろいろ漁るにあたって、私は当時最新のAI翻訳をフルに使わせてもらった。「これはガンダムだ、これなら英語母語者でなくても英語帝国と戦えるじゃないか!」と身震いしながら…