「涙の試合停止」は「ヘリフ選手がトランス女性だから」という偽情報がソーシャルメディアを通じて広がった。トランプ前米大統領や児童小説ハリー・ポッターシリーズで知られる作家J.K.ローリング氏も批判者となって偽情報をさらに拡散させた。

ローリング氏はヘリフ選手の写真に「女性を殴りつけ、希望を打ち砕いた男性の薄笑い」と書き込んで、投稿した。ヘリフ選手は「女性として生まれ、女性として育った」「トランスジェンダーではない」と父親や事情を知る人が躍起になって反駁せざるを得なくなった。

世界選手権でジェンダー適正検査で不合格となった、もう一人の女性ボクサーがパリ五輪に出場していた。台湾の林郁婷(リン・ユーティン)選手である。銅メダルを獲得していたが、はく奪されている。五輪を運営する国際オリンピック委員会(IOC)は五輪参加のすべてのボクサーが「競技資格と参加基準を満たしている」と説明した。

ヘリフ選手、林選手ともに資格問題をめぐってソーシャルメディア上でハラスメントを受けたが、8月9日、ヘリフ選手は66キロ級で金メダルを獲得し、翌10日、林選手は57キロ級で金メダル。どちらも最後は世界で最も著名な国際競技・五輪の場で勝者の座を得た。

しかし、同じ選手がなぜ一つの国際競技では「適性検査で不合格」となり、別の国際競技では「参加基準を満たしている」ことになるのか。それぞれ別の基準を採用しているためだが、判断を下す組織側の事情もあった。

国際ボクシング協会への疑惑

昨年の世界選手権を主催した国際ボクシング協会(IBA)は、1946年、アマチュアボクシングの世界的な統括団体として設立された。近年、その財務運営に疑問符が付き、2018年には当時の会長と専務理事が終身出入り禁止処分となっている。

2022年、独立調査委員会はIBAには「歴史的な試合操作の文化」があったと指摘した。数十年間にわたる不正な財政管理やリング上でのルール違反などがあったという。昨年6月、IOCはIBAの運営体制に懸念があるとして、同団体からボクシングの世界統括団体としての地位をはく奪している。