「金利のある時代」への復帰、そして、後に述べるが“黒田時代”からの脱却は、現在の日本銀行の願望であり、それを貫くことが“日銀の独立”を守ること、幹部はそう信じているのかもしれない。

構造変化

“金利のある世界”に戻したい。これは、理論家なら当然の発想だ。理論家の多い日本銀行のめざす基本方向もそれだ。露骨には言明しないが“黒田時代”が異常であったことは周辺の多くの人が認めている。“バズーカ砲”とか“異次元”とか、安定を求める中央銀行には似つかわしくない言葉の連発に、異常さはよく現れている。

しかし問題が生じた。異常が長期化したために株式・金融の世界に構造変化が生じた。構造とは、いったんできたら変化しにくい、変化するとしても時間がかかるような枠組みのことである。

株式市場の構造変化は、本シリーズの中心論点であるが“株式市場の金融化”である。

具体的には、金利のわずかな動きに株価が敏感に反応する現象が頻発することである。

「名もなき暴落①」で示した金融・証券の構造が、形式はそのままだが、実質的に変化してしまったのである。遊体貨幣の量は巨大になり、もはや収縮のメドもなく、中央銀行は宮中の門を自らこじ開け市中に飛び出し、ついには株式市場にまで関与し始めたのである。

もうひとつの変化は金融界、特に中小金融機関の行動パターンの変化である。彼らの主要な顧客・貸し出し先は地場・地元の中小企業であるが、長く続いたゼロ・低金利は貸し出しのインセンティブを著しく減少させた。ゼロに近ければ利鞘の幅もそれだけ小さい。本業は金貸し業だが、現状はそれらしくなくなってしまった。といっても、新しい分野は中小金融機関にはなかなか見つからない。

本シリーズに関連する限りでの中小金融機関(地方銀行、信用金庫)については、統計を揃えて次回に論ずる。

翁邦雄氏の新書

日本銀行の要人達、そして首相を含めた政治家の金融政策(金利政策)に関する発言が株式市場の乱高下をもたらした。この現象の背後にあるものを求めるのが本シリーズの目的であるが、この私達の関心からして注目すべき『新書』が出版された。