家事労働の分業化が行われなくなった

「結婚により家事労働が分業化された(原因)から、男性は結婚することでより生産的となる(結果)」(同上:297)という因果関係が壊れた。

すなわち男の立場では、結婚したからといって家事労働の分業化がすすむとは限らない。そうなると、男にとっては結婚しても「生産性」が上がらず、むしろ一人の時よりも「生産性」は減退するかもしれない。それならば、男は結婚をせずに、単身者としての途を選択する。

また、女も世帯内分業を選ばなくても、市場労働機会が増えたので、未婚のままでこちらを選択する。その結果、未婚率が急増して、単身者本位の社会構造が作られてきたのである。

ちなみに、2023年3月段階での日本全体の未婚者は32,790,076人であり、生涯未婚率は男性が28.25%、女性が17.85%と算出されている(吉村やすのり生命の環境研究所)。また、そのグラフは図1の通りである。

図1 日本の未婚率の推移出典:吉村やすのり生命の環境研究所ホームページ

単身者本位

この「単身者本位」という用語は、1969年に神島二郎により造語された(神島、1969:27)。

しかしこの概念は高校からの大学進学率が1969年の20%の時代よりも、55%の現在の方が使い勝手がいいように思われる。

財源問題や子育て支援金ばかりしか論じない風潮を乗り越えるためにも、ここでは「単身者本位」を軸として、現代日本の少子化の根本問題を考えてみたい。

独身主義、単身者主義、家庭拠点主義

神島によれば、家族生活に関連させた人の生き方は、3種類に分けられるという。

一つは「独身主義」であり、一生嫁せず娶らず、一人暮らしをする生き方である。

二つ目が「単身者主義」であり、「快楽主義」を伴い、自らの願望の充足を主として、その他のことには責任を感じない生き方とされた。

第三が「家庭拠点主義」であり、人間と労働力の再生産を家庭に求め、家庭を生活の拠点とする生き方がこれに該当する(同上:274-275)。

単身者主義

独身主義と単身者主義とは似て非なるものである。独身主義は「配偶者を持たないことを信条とする」が、単身者主義は「配偶者を事実上持とうと持つまいとそれには関係が」なく、「ひとが孤独人としてふるまい、社会がかれを遇するに孤独人としてあつかおうとする」(同上:35)ことと規定された。

いわば単身者主義は、① 家族に責任を持たない、② 自己本位の生き方をするライフスタイルであり、③ 家父長的な法制から自由になり、同時に家族主義イデオロギーとも無縁になる。

この場合独身主義を貫く個人は、「社会の構成単位」からは逃れられないのであるが、単身者主義では「家庭という生活の拠点づくりにたいする無関心と無責任」(同上:38)が強くなる。「まことに気ままないきかた」(同上:275)だから、この生き方が蔓延してくると、「単身者本位」の文化が社会全体を覆いつくす。

この傾向は日本だけではなく、G7やGNでも顕在化しているが、このライフスタイルこそが未婚率を上げ、家族を作らず、子どもも要らないとする要因として作用していると思われる。なぜなら、「単身者主義によって家庭の存続しうる余地はもはやなくなりつつあるからである」(同上:276)。

これは神島の仮説にすぎないが、少子化の原因分析にも「単身者主義」概念は有効だと考えられるので、次節では実際に現代日本の統計データをいくつかの変数として、「合計特殊出生率」(TFR)との相関を測定してみたい。