今では、前述のメタミゾールのように、世界中で必要とされる薬の有効成分が、中国の1カ所、あるいは2カ所のみで生産されているケースも珍しくない。そして、この大量生産により、当然、製品の価格は下がり、その結果、中国には世界中でライバルがいなくなった。

今、日本で不足が問題になっているセファゾリンという注射用抗菌薬も、その原料である「テトラゾール酢酸」を生産しているのが、やはり世界で中国の1社だけだという。ところが、このメーカーが、中国政府の環境規制に違反し、製造できなくなってしまったために品不足が起こっている。もちろん、困っているのは日本の製薬会社だけではない。

それにしても、ドイツは2000年の時点では、有効成分の3分の2を国内で生産していたというから、この20年の変遷は激しい。国内生産をやめた理由は、値下げ合戦での敗北。中国の製品がどんどん世界の市場に進出し始めれば、ドイツの薬品メーカーがいくら頑張っても、価格競争で勝てるはずもない。いつの間にかドイツのメーカーが市場から押し出されてしまったところは、まさにEVや太陽光パネルと同じ運命だ。

こういう状況であるから、今やその中国で、生産設備の故障や、製品の品質に問題が生じるなど、何らかの不都合が起こると、たちまち、その成分を必要とする薬品の製造が世界中で滞る。それどころか、多くのメーカーは、錠剤のコーティング成分や包装材まで依存してしまっているというから、リスクは幅広い。

一方、輸送に不具合が起これば、やはり供給はストップする。コロナの時には、上海の港のロックダウンでコンテナ船が動かず、世界中が薬不足に襲われた。医療関係者は当然、この不安な状況に以前より警告を発していた。

ようやく薬不足を深刻に受け止めたドイツ政府は、23年7月、「Arzneimittel-Lieferengpassbekämpfungs- und Versorgungsverbesserungsgesetz=医薬品のサプライチェーンの圧迫を抑え、供給を改善するための法律」という長ったらしい名前の法律を制定した。保健省によれば、これで重要な薬品が必ず供給されるようになるとの触れ込みだったが、1年経った今、何の効果も見えていない。いくら法律でEU内での製造を推奨しようが、ほぼ全ての原料が中国から来ているという状態はおいそれとは変えられないため、機能するはずもない。典型的なお役所仕事だった。