恐らくは、シンワル氏のイメージは、組織としてのハマスの存在を越えて、パレスチナ抵抗運動の象徴的な姿の一つとして、地域の人々の記憶に残存し続けるだろう。

イスラエル政府が、最後まで戦い続けたシンワル氏の姿を公開したのは、政策としては失敗だった、とコメントしている人物も多数いる。恐らくは、イスラエル国内の世論対策を重視するあまり、地域情勢の安定に配慮した行動をとる余裕が、イスラエル政府側にもない、ということだろう。

アラブ諸国の反イスラエルの傾向は、強まっていくだろう。無力なアラブ諸国の政権には、国内外の世論の冷たい視線が浴びせられる。ハマスの軍事勢力としての減退によって、イスラエルの軍事作戦を消極的に支持する動機は減った。

中東におけるイランの存在感は、さらに増していくだろう。ガザ危機は、イスラエル対ハマスの戦争というよりも、パレスチナ抵抗運動の歴史の中で位置付けられ、さらには中東における植民地主義の歴史の中で理解されていく傾向が強まっていくだろう。イランのアラグチ外相は、エジプトやトルコを歴訪して、イスラエルの報復攻撃の可能性に、外交面からの準備をしている。

かつて中東では、イラクやシリアにおける宗派対立の激化などの事情から、中東でスンニ派とシーア派の対立が深まり、イランとサウジアラビアの地域的覇権争いも激しくなった時期があった。イランは孤立している、と言われたこともあった。

しかし、イラクとシリアの情勢の相対的な安定化の傾向が、状況を変え始めていた。そこに今回のガザ危機に起因する中東全域の混乱が、イランが、イスラム世界を代表して、イスラエルと対峙する、という構図を強めた。

ウクライナ情勢も反映して、イランとロシアの結びつきも強固になった。武器供給などの面だけでなく、もはやイランを非難する新たな国連安全保障理事会の決議は採択されないだろうことなど、その意味は大きい。宗派対立と地域覇権争いを利用して、イスラエルが「アブラハム合意」派の国を広げていけるような気運は、遠のいている。