ジョスコウ教授は、1980年代に著作「Markets for Power」発表した、電力市場設計の先駆者のひとりですが、彼が5年前から『既存の市場設計を「いじくり回し(fiddling)」ても、これらすべての課題に適切に対処できるとは考えていない』と指摘していたことが印象的です。

  1. 既存の市場設計の考え方と行き詰まる理由

    従来の電力システムで採用されている市場設計では、市場価格が短期の運用の最適化と中長期の投資の最適化の両方のインセンティブとして機能すると信じられています。しかし、前者は機能しても後者は機能せず、結果として投資不足を招きます。

    そのようになる理由は、一言で言えば、市場が不完全だからです。不完全性の一例は次のようなものです。

    電力供給の途絶が社会に与える影響は甚大である。 そのため、電力系統の運用者は、重大な供給途絶が実際に発生してしまう前に、電圧低下、UFR作動等の市場外行動を発動することにより、電力市場に介入する。 その結果、市場の希少性価格は実際の希少性の価値よりも低くなる。つまり、市場価格のインセンティブだけでは過少投資を招く。
  2. GX(2050年カーボンニュートラル)は過小投資の問題を悪化させる

    2020年に日本政府は、2050年カーボンニュートラルを宣言しました。このことは、過少投資の問題に更に拍車をかけます。その要因を二つあげれば、電力需要の不確実性と技術の不確実性になります。

    まず、電力需要の不確実性です。電化やDXの進展により電力需要は増加すると見込まれていますが、本当にそうなるか、どの程度増加するかについて不確実性があります。図1に示すように、電化率は過去から継続的に上昇してきていますが、電化は需要側の設備ストックの置き換えを伴うため、上昇のテンポは緩やかです。

    すなわち、2050年にカーボンニュートラルを達成するには、過去のトレンドを加速することが必要で、そのためには、例えば新築建物の熱供給に電化を義務つける等の強力な政策が必要です。このような政策が実施できるか、国民が受容するかについては相当な不確実性があります。

    図1 電化率の推移と将来見通し 出所:経済産業省『総合エネルギー統計』を基に筆者作成