「人類は過去に一度、神の怒りや力によってほぼ絶滅した」と語る神話は世界中に存在しています。そして今回ご紹介する、約2000年前に滅亡した古代エジプトの神話も例に漏れず、神の意思によって人類が絶滅しかけた、という話が遺されているのです。
大抵の神話において、人類滅亡は「世界をすべて洗い流す大洪水」や「神々の最終戦争」、「破壊と再生のサイクルの一環」などとして語られています。しかし古代エジプトの場合は相当内容が異なり、なんと美しい女神ただ1柱が地上で暴れまわり、人類を虐殺しているのです。
古代エジプトの神話や神々を紹介する文献において、この人類虐殺神話には『人類滅亡の物語』という、非常に物騒なタイトルが付けられています。もともと付いていたものなのか、後世に付けられたものなのか不明ですが、その内容はタイトル通りのものであり、かつ他の神話には見られない、少々間抜けな天罰の動機も見られるのです。
■エジプトの人類虐殺譚「人類滅亡の物語」
はるか昔、神話の時代、エジプトにおいて多くの神々は肉体を持ち、人間たちと共に暮らしていました。太陽神「ラー」は360年にもわたりファラオ(王様)として君臨し、世界を繁栄と幸せに導いていたといいます。
ですが神とはいえ、肉体を持つということは人間と同様に加齢で衰えてしまう、という弊害がありました。人間の肉体のまま360年もの間ファラオの地位に就いていたラーは、すっかり衰え、よだれをぼたぼたと垂らすヨボヨボの痴呆老人と成り果てていたのです。
人間たちは無様な姿を晒すラーを見て「もうろくジジイめ、いい加減に引退しろ」と言ったかどうかはわかりませんが、神話にはおおまかに「すっかり衰えたラーを見て、人間たちは神への敬意を失ってしまった」とあります。
この人間たちの不敬に怒りを覚えたラーは、複数の神に「人間たちを懲らしめたい」と相談するのですが、ほとんどの神はそれに反対しました。ですが大地の神「ゲブ」だけは「人間など滅ぼしてしまえばよい」とラーを焚き付けたのです。
数多くの神々から反対されたにも関わらず、ボケ老人と成り果てていたラーは、ただひとつの賛成意見を採用します。そして、ラーは自分の右目を自らの手でえぐり出し、それに憎悪や憤怒などさまざまな負の感情、さらには右目をえぐり出した激痛や怨念をありったけ詰め込んで、1柱の女神を創り出しました。これこそがエジプトの復讐と破壊の女神「セクメト」です。