しかも、これは、何かの条件をクリアすれば貰えるのではなく、人間が生まれながらにして持っている権利なので、働く能力があるかとか、働く気があるかということとは無関係に、国家はすべての国民にそれを保証する義務がある。だから市民金の導入は、ハイル氏によれば「過去20年で最大の社会改革」。しかも市民金は、「人々を持続的に労働市場に連れ戻すことができる」と氏は主張したのだった。

しかし、実際にはそうはいかない。

冒頭に記したように、現在のドイツは不況の上、人手不足が甚だしい。ところが、24年5月、労働が可能であるにもかかわらず市民金を受領している人の数が400万人を超えた。しかも、IAB(労働市場と職業研究所)の調査によれば、市民金の支給が始まって以来、失業から就業に戻る人も減ってしまったのだ。

そもそも市民金については、23年に支給が始まる前から批判が絶えなかった。公式の支給額はそれほど多くないにせよ、普通の労働者が、少ない給料の中から捻出しなければならない家賃、暖房費、保育園料などが、市民金受領者には全額補助される。

また、従来の生活保護は、財産をほぼ使い切ってしまわなければ貰えなかったが、市民金では4万ユーロまでの貯蓄、あるいは不動産の所持も認められている。さらに、斡旋された就職を正当な理由なしに断っても、1ヶ月間、支給金が10%減額されるのみ。また、ドイツは子供手当が高額なので(2024年現在、子供一人当たり1ヶ月250ユーロ=約4万円)、子沢山の受領者なら、それこそ薄給の独身者はもちろん、年金生活者よりも収入が多くなっても不思議ではなかった。

現在、ドイツの都会は住宅難で、普通の労働者は高い家賃に苦しんでいる。ところが市民金の受領者は、申請した家賃がほぼ自動的に支給されるため、一般の国民の血税で、タダで住宅に住めるという現象が起こっている。当然、不動産価格も高止まりだ。国民の不満は募っていた。