東京の六本木ヒルズにある「マツダイノベーションスペース東京」はご存知でしょうか?
広島に本社のあるマツダ(マツダ株式会社)と言えば、スカイアクティブ・テクノロジーにロータリーエンジンや直列6気筒エンジン、フロントミッドシップレイアウト等々、日本屈指の技術者集団による自動車メーカーですが、そのマツダが東京で次世代事業の創出に向けてオフィスを設立したとのことで、いったい何を実現しようとしているのか? や、どんな仲間づくりをするのか? などについて「マツダイノベーションスペース東京」をリードする東京エリアの統括責任者である滝村執行役員とMaaS事業準備室の別府室長から伺ったお話しを中心に、将来に向けてマツダが何を目指していくのか? といったところを今回はご紹介したいと思います。
マツダの真骨頂はクルマへの愛と「走る歓び」
始めに企業としてのマツダに少し触れてみますと、創立は1920年(大正9年)1月30日で既に100年超の歴史を有する名門企業です。
創業時は「東洋コルク工業株式会社(海塚 新八 初代社長)」としてコルクの製造を担っており、その後、松田 重次郎(2代目社長)が工場消失の危機を乗り越えて機械工業への進出を決意、1927年(昭和2年)に「東洋工業株式会社」へ社名が変更され、1931年(昭和6年)に府中村(現:府中町)に新工場を建設して自動車業界へ進出、その後、1951年(昭和26年)に商標を“マツダ”へ変更、さらに1984年(昭和59年)に社名をマツダ株式会社へ変更して現在に至っています。
マツダは『2030 VISION』において“「走る歓び」で移動体験の感動を量産するクルマ好きの会社になる。”と掲げているのですが、これほど明確に「走る歓び」を一貫して掲げ、ブランドのアイデンティティを打ち出している会社は世界的にもそうは無いと思われます。
そういったマツダのアイデンティティの中でもロータリーエンジンの存在は強烈で、特に1991年の第59回ル・マン24時間レースで“マツダ787B”が日本車として初めて総合優勝したことを今も覚えている皆さまも多いのではないでしょうか。
そして、多くのファンが世界中にいる“ロードスター”も唯一無二の存在感を放っていると感じます。
「マツダイノベーションスペース東京」とは?
2024年(令和6年)2月16日に、「マツダイノベーションスペース東京」は東京の六本木ヒルズ 森タワー 33階にIT、MaaS、電動化領域を中心に新たなビジネスパートナーとの交流や新事業開拓、ワークショップ、採用活動など社内外の共創を促進する旨の発表と共に開設されています。
六本木ヒルズは東京を代表するランドマークで、多くのITや新規ビジネスを担う企業が入居し、さらには商用施設も併設されている総合施設のため、新たなビジネスパートナーとの接点作りや交流の場といった面でもなるほど! と納得できます。
実際に「マツダイノベーションスペース東京」へ訪問して、入口を入ると大部屋(フリースペース)があって、その先にはガラス張りの大会議室、中小の会議室やオンライン会議用の個別ブースが続き、大部屋や大会議室からは東京の西側方面を一望でき、その景観の見晴らしの良さや美しさといったら自動車業界においても随一と言っても過言ではないほどです。
「マツダイノベーションスペース東京」には、MaaSや新規事業を推進するチーム、ITやDXを推進するチーム、総務や人事を担うチームといった方々が勤務されていて、座席の指定はなく、フリーアドレスで好きな場所で仕事をするスタイルは、個々の机が横一列に並んでいる旧来の自動車業界のオフィスとはだいぶ違う装いから、雰囲気はとてもカジュアルで、もちろんリモート勤務も併用されているとのことです。
一方、マツダの「東京本社」は日本初の高層ビルと称される霞が関ビルディングに入居していて、東京のランドマークを代表する2つのビルにマツダはオフィスを持っていて素敵ですが、勤務するメンバーのファッションも渉外業務や広報などを担う「東京本社」と次世代事業を担う「マツダイノベーションスペース東京」ではだいぶ異なるので、それらが混ざり合うことでもイノベーションが起こることを想起させます。