だったら連隊へ引返せばいいものを、わざわざ命令通りに石ころ入りの叺を運んできたのだ、中隊長はその兵隊を殴らなかったが、受領印を断って追い帰した、ばかな話だった、いかにも日本の軍隊らしいばかな話だった、

その一事で、おれはバースランドの陸軍が駄目になっていることを知った、それまでは念仏みたいに聞かされていた必勝の信念があったけれど、吹けば飛ぶような神頼みの信念で、それ以後あっさりと信念が消えた、

中公文庫(増補新版)、237頁 強調と段落替えは引用者

地名がフィクションゆえに仮名となっているが、太平洋戦争のニューギニア戦線だと思ってほしい。おそらくはモデルのあるこの挿話、叺を「情報」に置き換えるなら、まさに戦後79年のわが国にもぴたりと当てはまる。

進行中の戦争を乗り切るうえで貴重な軍需物資だぞ、ありがたく頂戴せよとのお達しで、メディアから視聴者に配給が届く。ところがその中身は、石ころだ。運び手役の「専門家」も内心では、自分の喋りがばかな話だと知っている(本当のバカでなければ)。いつまでも自粛・自粛・自粛・自粛……の一つ覚えが垂れ流された、コロナをまさに典型として。

引用の出典は、1970年に結城昌治が直木賞を受けた『軍旗はためく下に』。作家になる前、東京地検の事務官として恩給問題を扱った体験を持つ結城は、軍法会議で処断されたがゆえに遺族年金を受けられない同胞への義憤から、戦後25年の節目に同書を世に問うた。