事故ではなく破壊工作だったのか?
たとえば、こんな図解で「事故にしてはあまりにも正確にあの橋の急所に衝突している」と言って破壊工作説を唱える人もいます。
つまり、ダリ号が実際にぶつかった場所は「この構造の橋にとって唯一の泣きどころで、他の場所に衝突していたら、橋にはほとんど被害がなく衝突した船だけが大破していただろう。偶然でそんなにうまく急所に当たるはずがない」というわけです。
ほんとうに非常に巧妙に計画され、その計画どおりに絶大な成果を挙げた破壊工作だったのでしょうか。私は、とても不運なことに当たりどころが悪くて大きな被害を招いただけの単純な事故だったと思います。
まず、どんな名人が操舵を担当しようと超巨大タンカーや超巨大コンテナ船は、ごく少ない時間と距離のあいだに正確にここに当てなければならないというところに命中させることができるほど細かい調整ができる乗りものではありません。
一度やってみてうまく当たらなかったから、ちょっとバックしてもう一度といった小回りもできません。何メートルとか何十メートルとかの誤差の範囲内では慣性の法則に任せて船自体が行こうとしている方向に行かせるしかないとんでもなく融通の利かない乗りものです。
意図的に与えた大打撃だったとしたら、おそらく何十回か何百回かやれば一度くらい当たるかなという幸運に最初のトライでめぐりあってしまったようなものです。そんなにあてにならない「武器」を使って破壊工作をしようとする勢力が、この世に存在するでしょうか。
次に、不運な衝突事故の当事者となってしなったダリ号の当時の航路をかなり正確に再現した詳細な海図をご覧ください。
午前1時に桟橋を離れたダリ号は、その20~25分後、ちょうどフランシス・スコット・キー橋の橋脚のすぐ前あたりに差しかかったところで、電力トラブルに見舞われました。
何度か全船内が停電してまったく操舵の自由が利かなくなっては、また電力を回復してなんとか操舵が可能になるという状態のくり返しに陥ったのです。
午前1時27分には港湾当局にSOSを発信して「橋脚に衝突する危険があるから橋の上を走行する車両を少しでも早く通行止めにしてくれ」と依頼しています。
もしダリ号乗組員たちが破壊工作を実行中のテロリスト集団だったとしたら、実際に衝突する3分も前に、こんなSOSを発信するはずがありません。
「不必要な犠牲者はできるだけ少なくしたい」といった、ロシア革命にたとえればデカブリストの頃までなら存在していたセンチメンタルなヒューマニストたちは、現代社会では完全に死滅していると主張したいわけではありません。
もし自分たちが惹き起こす経済的、社会的、そして政治的な被害の大きさがわかっていれば、直前まで黙っていなければ計画は水泡に帰し、自分たちもおそらく全員死亡する危険があると考えていたはずだからです。
アメリカ海軍なり沿岸警備隊なりによって、短い射程でなら非常に正確に標的を狙い撃てる小型肩撃ち式ミサイルを使って衝突前に自船を爆破されたとしても、文句は言えないほどの大惨事を起こそうとしていたはずだからです。
ただ、今回の事件によってアメリカ海軍にも沿岸警備隊にもそういう事態への備えはほぼ皆無だとわかったので、今後この手の「事故」を意図的に引き起こそうとする勢力は登場するかもしれません。
「それにしても、アメリカ東海岸諸都市の陸海の輸送結節点となっているこの重要地域に建造された長大橋が、あんなに柔(やわ)な構造でよかったのか」とご不審の向きもいらっしゃるでしょう。
でも構造力学的には、剛性はほとんど持ちあわせない鉄鋼の三角形を組み合わせただけのトラス橋や、高いマストから斜めにワイヤを張って支える(こちらも部分部分は柔な)斜張橋ぐらいしか選択肢はなかったはずです。
超巨大船が下をくぐる長大橋には柔構造しか対応できない次の写真をご覧ください。
トラス橋部分が壊滅したにもかかわらず、そのトラス部分との接点が引きちぎられるときにはかなり大きな衝撃があったはずの両端の剛直一点張りの平凡な鉄橋部分は、ほぼ無傷で残っています。
とくに犠牲となった方々のご遺族の中には「中央のトラス部分ももっと剛直に造ってくれていたら犠牲も少なかったろうに」と、恨めしく思われる方もいらっしゃるかもしれません。でもそれは無理なのです。
橋脚と橋脚のあいだが狭く、橋げたも低い位置に置けるから衝撃に耐えて踏ん張り抜く剛構造が通用するのです。
橋脚間のスパンも長く橋げたを高いところに置かなければならない中央部を剛構造にしていたら、ちょっとした突風や地震のたびに崩落の危険があります。とうてい竣工以来50年弱の期間を無事故で通すことはできなかったでしょう。
ただ、それは橋梁構造全体を突風や地震の巨大なエネルギーが襲ったときのことです。そういうときには、橋梁自体もたわみ、歪み、ねじれることによって受けたエネルギーを発散する柔構造でなければ崩壊してしまいます。
でも、2つ前の写真の黒矢印に白抜きで接触箇所と書いたところ、つまり剛構造の橋脚と柔構造のトラス部分のつなぎ目のあたりは、もう少し手厚い保護があって良かっただろうという気がします。
1970年代前半には「タンカーやコンテナ船が超巨大化、超々巨大化してたった1ヵ所の接触であれほど大きな負荷を引き受けなければならなくなるとは想像もできなかった」という言い訳はあるかもしれません。
建造時はそうであっても、現代世界では実際に超々巨大化したタンカーやコンテナ船が世界中を行きかっています。
張りぼて程度の薄っぺらなコンクリート版の囲いを少し空間を開けて設置して、衝突時に起きる最大のエネルギーはその障壁が崩壊することによって吸収して、たとえ本体の橋脚にも衝突したとしてもその時のエネルギーは減殺されているといった工夫はできたのではないでしょうか。