日本大学前理事長・田中英壽氏のケース
60年代の「日大紛争」によって権力基盤を築く
最後に、日本大学前理事長の田中英壽氏のケースについて考えてみましょう。日本大学を巡っては、2018年5月に発生したアメリカンフットボール部の選手による反則タックル問題をきっかけとして、大学運営側の異常な体質が社会の耳目を集めるようになりました。その中で2021年9月、日本大学医学部附属板橋病院の建て替え工事を巡る背任事件が発覚。捜査の過程で、当時理事長を務めていた田中氏の所得隠しと脱税が明らかとなり、田中氏は所得税法違反で逮捕されました。結果、田中氏は理事長を辞任、2022年3月に有罪判決が確定しています。
田中氏の場合、「日大のドン」としてまさにわが世の春を謳歌していたさなかに権力の座から引きずり下ろされたわけで、その点では安倍氏・ジャニー氏のケースと異なります。ただ、学生相撲の選手から日本大学相撲部監督、最終的に理事長にまでのし上がり、犯罪に手を染めていた彼の経歴を見れば、安倍氏・ジャニー氏と同様、大勢の恨みを買っていたであろうことは想像に難くありません。
田中氏は長年、警察・検察にとって“アンタッチャブル”な存在でした。というのも、司法界や大学界隈ではよく知られた話ですが、全共闘時代の1968年に発生したいわゆる「日大紛争」において、当時経済学部4年生の相撲部員だった田中氏は大学側につき、全共闘つぶしの急先鋒として活躍、警察・検察に大きな貸しを作っていたからです。しかも日本大学は、他大学と比べて警察官を突出して多く輩出しています。そのため警察・検察は、田中氏と暴力団の交際が発覚するなどしてもまったく手を出せない、という状況が長く続いたのです。
そういう、まさに“無敵”の状態が、反則タックル問題という思いもかけない事件を契機に覆されました。警察・検察は、日本大学の運営側に対する社会的な批判の高まりを追い風として、ようやく“伏魔殿”の闇に迫れるようになったのです。そうなるともう止まりません。田中氏を恨んでいる人は学内外にいくらでもいるでしょうから、そこから情報が警察にどんどんリークされ、ついに田中氏の逮捕に至ったのです。
田中氏は、懲役1年、執行猶予3年、罰金1300万円の有罪判決と、理事長の辞任という、一定の社会的制裁を受けました。しかし、表向き日本大学から一掃されたことになっている田中派が、いまだに学内で幅を利かせている現状に対して、不満を持っている人は少なくないようです。その証左のひとつが、2023年8月、日本大学アメリカンフットボール部の部員が、覚醒剤取締法違反と大麻取締法違反の疑いで逮捕されたこと。その後も尾を引き、現理事長である林真理子氏のガバナンス能力の欠如を問う声も上がり始めているこの事件は、匿名の「保護者」を名乗る人物から関係各所に送付された告発文書によって発覚したとされています。私は、田中氏あるいは田中派に恨みを持つ人物が、学内の田中派をさらに追い詰めることを目的に情報をリークしたのではないかとさえ考えています。
