旧ジャニーズ事務所・ジャニー喜多川氏のケース

未成年者に対する大量強制わいせつという凶悪犯罪  安倍氏のケースとは異なり、権力者が死後に名誉を失うパターンもあります。その典型例がジャニー喜多川氏でしょう。

 多数の人々に恨まれていたという点では、ジャニー氏も安倍氏と同様です。ジャニー氏の性加害問題を受けて設置された「外部専門家による再発防止特別チーム」が2023年8月に公表した調査報告書によれば、被害者は少なく見積もっても数百人にのぼるそうです。未成年者に対する大量強制わいせつというジャニー氏の行為は、実質的に人間を1人殺した以上の刑罰、すなわち20年以上の懲役が想定される凶悪犯罪です。「性」という、人間にとってきわめて根源的な部分を弄ばれ、人生を壊された人たちの恨みの深さは、安倍氏のケースに比肩し得るものでしょう。

 ただ、ジャニー氏の場合、安倍氏と異なり、人々の恨みが生前に爆発することはありませんでした。というより、ジャニー氏とジャニーズ事務所(当時)が権力を巧みに操り、爆発させないように抑え込んでいた、というほうが正確でしょう。

 ジャニー氏は、ジャニーズ事務所の所属タレントにとって、自分の芸能生活のすべてを決定する絶対的な権力者でした。ジャニー氏は、性加害を告発することはおろか、拒むことすらできない環境に所属タレントを置くことで、数十年にわたり安心して“行為”を続けることができたのです。

 またメディアに対しても、ジャニー氏の権力は絶大な威力を発揮しました。ジャニーズ事務所は、多くの人気タレントを輩出してきた業界のトップ企業です。良好な関係を維持したいメディアとしては、ジャニー氏の性加害を報じることに消極的にならざるを得ない。ジャニー氏は、みずからのそうした立場を最大限に活かしてメディアを完璧にコントロールし、結局、その目の黒いうちに、社会から指弾されることはありませんでした。

 しかし、2019年7月にジャニー氏が、2021年8月にその姉で共同創業者のメリー喜多川氏が亡くなったことで、風向きは一気に変わりました。2023年3月、英BBCが、ジャニー氏の性加害を題材とする長編ドキュメンタリー『J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル』を公開したことが大きな契機となり、2023年4月に元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏が実名・顔出しで記者会見を開くなど、元所属タレントによる告発が相次ぎました。

 そうした情勢を受けて2023年5月、ジャニーズ事務所は公式ホームページで謝罪の動画を配信。2023年8月に「外部専門家による再発防止特別チーム」が性加害の事実を認定したことを受け、ジャニー氏の姪の藤島ジュリー景子氏は社長を辞任、そしてついには、ジャニーズ事務所そのものがなくなってしまうこととなりました。

 つまり、結局のところジャニー氏は、プロデューサーとしての卓越した手腕で業界トップへ押し上げた事務所を、みずからの悪行によって終焉へと導いてしまった、というわけです。

 そうした展開の速さと激しさは、ジャニー氏の権力がいかに絶大だったか、そしてなにより彼に対する所属タレントたちの恨みがどれほど深かったかを物語っているといえるでしょう。

安倍晋三元首相、故ジャニー喜多川氏らが買った深い恨みと、日本社会の“裁きのシステム”
(画像=株式会社SMILE-UP.公式サイト内の会社概要ページより。代表取締役社長は東山紀之氏、代表取締役副社長は井ノ原快彦氏、そして代表取締役として藤島ジュリー景子氏の名前も残る。、『Business Journal』より 引用)
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(画像=日本大学公式サイト内、同大理事長の紹介ページより。現理事長は作家の林真理子氏。プロフィール写真の撮影は、著名カメラマン・篠山紀信に手による。 ,『Business Journal』より 引用)