去る2024(令和6)年1月23日午前9時58分ごろ、埼玉県さいたま市中央区内にあるJR東日本東北新幹線上野-大宮間の上り東京駅方面の線路で架線が垂れ下がるトラブルが発生した。ちょうどその垂れ下がった架線の下を、大宮駅を9時55分に出発したばかりの金沢発、東京行き「かがやき504号」が通りかかり、12両編成を組むこの列車に搭載された2基のパンタグラフはどちらも壊れ、架線を支える電柱に取り付けられた金具も損傷してしまう。その直後に架線からは異常な電流が流れた結果、架線への送電を担う変電所が異常を検知して自動的に送電を中止したことで停電となり、「かがやき504号」をはじめ、近くを走行中の他の列車も急停止した。このトラブルで東北・上越・北陸の各新幹線の一部区間が長時間にわたって列車の運転が見合わせとなったことは記憶に新しい。結局、上野-大宮間が復旧したのは翌1月24日の始発からとなる。

 架線が垂れ下がった原因について、筆者は架線の両端で架線をピンと張っている装置のトラブル、または架線を支えるためにおよそ50メートル間隔で建てられた電柱に取り付けられた金具類の破損であろうとテレビ局や新聞社向けにコメントした。案の定というか、JR東日本は1月30日に今回のトラブルの原因について、架線の両端で架線を張る滑車式自動張力調整装置(以下、滑車式)に付いている重りをぶら下げる竿状のロッドが破損したためと発表している。

 とここまで述べても、よほど鉄道に詳しい人でもないと意味不明であろう。そもそも、なぜ架線を重りでぶら下げなければならないのか、電柱に金具を介してねじで固定しておけばよいのにと多くの方々は思ったに違いない。そこでまずは簡単に架線について説明しよう。

架線の構造

東北新幹線、なぜ架線が垂れ下がっただけで丸一日も運休?JR東日本の苦悩
(画像=建設中の北海道新幹線新青森-奥津軽いまべつ間の架線と架線を支える電柱類を見たところ。北海道新幹線の場合、架線はトロリ線の上をちょう架線でつり下げた構造でシンプルカテナリという。電柱は鋼管で、電柱から架線へと延びたブラケットがちょう架線を下から支え、この区間はカーブなのでトロリ線がカーブの内側に行き過ぎないように曲線引(きょくせんびき)で押さえている。2014年6月30日 鉄道建設・運輸施設整備支援機構の許可のもと筆者撮影 、『Business Journal』より 引用)

 架線とは、車両に走行用そのほかの電力を供給するために線路の上空に張りめぐらされた電線を指す。1本の電線で構成されていると考えたくなるが、実は速度の遅い路面電車を除いて、電線は垂直方向にもう1本または2本追加されるケースが圧倒的に多い。トロリ線といってパンタグラフが触れる電線1本だけではどうしても水平に張れず、たるみが生じるからだ。そこで、トロリ線の上にちょう架線と呼ばれる電線を張りめぐらせ、ここから下向きにハンガという金具をはしご状にいくつも置いて、トロリ線をつり下げる。

 今回トラブルが起きた場所では3本の電線が垂直方向に並べられた。一番上にあるちょう架線からハンガに似たドロッパが延びて補助ちょう架線をつり下げ、この補助ちょう架線から延びたハンガがトロリ線をつり下げる。電線2本の構造よりもさらにトロリ線がたるみにくいのが特徴だ。このような構造の架線をコンパウンドカテナリという。ハンガ2個に対してドロッパ1個が互い違いに取り付けられていて、あみだくじであるとかトーナメント表のように見える。

 コンパウンドカテナリの架線としただけでも、まだたるんでしまう。そこで架線を支える電柱に強い力で固定しておけばよいと考えたくなるが、現実的ではない。新幹線の場合、電柱はおおむね50メートルおきに建てられていて、東京駅と新青森駅との間の673.9キロメートル(実際の線路の長さ。営業キロは713.7キロメートル)を結ぶ東北新幹線では、その数なんと2万2448本(2021年3月31日現在)もある。これらすべての電柱で架線を強く張るように調節することはとてもできない。そこで、架線の両端を先ほどの滑車式によって強い力をかけて張る方法が考案された。架線を張る力は、JR在来線がおおむね29.4キロニュートン(3重量トン)のところ、新幹線の車両は超高速で走行するので、今回トラブルが生じた場所を含めてさらに大きな53.9キロニュートン(5.5重量トン)で張られている。