不動産担保証券はとても危険な資金運用

ここまで見てきても、よっぽど過剰にオフィスビルに傾斜した融資や不動産担保証券の購入をしていた銀行を除けば、あまり大きな被害は出そうもないと思われる方が多いでしょう。

ですが、1999年に商業銀行と投資銀行の兼営を禁じたグラス・スティーガル法が撤廃された現代社会で、銀行は不動産物件に資金を投下する際に、融資と不動産担保証券のどちらでも選べることになっています。

そして、融資一般が異常な低金利しか得られない状態だった2008年秋以降、多くの銀行が少しでも収益を拡大するために、融資に比べれば高金利を受け取ることのできる不動産担保融資を選びました。

次の2枚組グラフは、上下とも2024年末までに償還が予定されている不動産担保証券に関するものです。

アメリカの銀行業界全体が保有している不動産関連の融資は、2022年第1四半期末で住宅用が10兆6000億ドル、商業用が2兆2000億ドル、不動産担保証券は住宅用が12兆1000億ドル、商業用が2兆3000億ドルと、どちらもやや不動産担保証券のほうが大きかったのです。

しかし、これはとても危険な資金運用をしていることになるのです。というのも、不動産担保証券を発行している不動産保有企業は、銀行融資の元利返済や不動産担保証券への配当の支払いができなくなれば担保物件を差し出して、この物件から手を引くことができます。

残された物件から資金を回収する順位は銀行団の融資が優先され、証券保有者は劣後することになります。

ですから、表面的には鑑定評価額が半値に下がっただけの物件でも、元の保有者が手を引き、銀行融資を返済し終えたあとに残る物件の価値は、当初の購入額よりはるかに低かったということが起こりうるし、またたびたび起きているのです。

銀行なら、債務不履行に陥った不動産物件への投下資金を回収する際に、融資と不動産担保証券のどちらが優先するかは、わかっていたはずです。それでも多くの銀行が不動産担保証券を選び、巨額の損失を計上せざるを得なくなった事例があちこちから報道されています。

今後ますます悪化するオフィス市況

商業用不動産の中でも、とくにオフィスビルの値下がり率が大きいと予測されているのはなぜでしょうか?

ウェブサイト『ウォルフ・ストリート』の主宰者、ウォルフ・リクターは、大口テナントが必要以上に大きな床面積を長期契約で借りる傾向と、「コロナ対策」としてのロックダウン以降、オフィスに出勤せずに在宅のまま働く人が増えたことが2大要因だと指摘しています。

このまとめ方だと、一方的にハイテク大手などの急成長中の企業が悪い、あるいは愚鈍なように感じます。

でも、実際にはビルオーナーや仲介業者も「このへんは好立地でほとんど空室が出ないから、もっと広い床面積が必要になったとき不便な場所に分散配置しなければならなくなるリスクが大きいので、広めの床を長期契約で借りておいたほうが結局はお得ですよ」といった営業をかけているわけです。

ですから、大口テナントのサブリースで自社物件の賃料を押し下げる圧力が生じるのは、自業自得という側面もあります。

また、とくにSNS関連の大手企業の場合、実際に仕事をする人の数はそれほど多くないのに、好業績の時期にムダに大量の新規採用をしてしまったことが遠因となっています。

採用直後にロックダウンで在宅勤務を命じたりすれば「ちっとも役に立たない人材をとってしまったから、大幅な人員削減をしなければならない」ということになるのも無理のない話です。

これもまた「具体的に活用する気もない人材」として採用されてしまった勤労者にとっては迷惑千万な話です。

ハイテク大手は人材についてもオフィス床についても、定見もなく行きすぎ、戻りすぎをくり返している、勤労者にもオフィスビルオーナーにも迷惑な企業なのです。

しかし、株式市場では好況時には「意欲的な事業拡大」をはやしてハイテク大手を買い、不況時には「コスト削減」をはやしてハイテク大手を買っているわけですから、S&P500株価指数の上昇率の大半をわずか5~6社のハイテク大手で達成していることになるわけです。

とにかく、商業用不動産への融資や不動産担保証券への投資は危険だし、中でももっとも危険なのはオフィスビル、しかも先端企業が広い床面積を占有している優良物件だという事情はご理解いただけたと思います。