通貨剥奪(凍結)権で奪われる基本的人権
こんな「絶対的な支配力」による「プログラム可能」なデジタル通貨の導入は、先に述べたプライバシーの剥奪と相まって、さらに深刻な人権侵害につながるのでは、ということも警戒されている。
こちらの記事にも詳述した通り、最近米国では、ESGの観点から適切と見做されないと判断された個人が、一方的に金融機関から締め出されるケースが発生しているが、この事例の如く「絶対的な支配力」を持ち、さらに個人のプライバシーなど歯牙にもかけない中央銀行が、政府が推進しようとする政策に対して反対を唱える特定の個人の銀行口座を突然凍結してしまう、という可能性もあるわけだ。
例えばカナダでは、ワクチン接種義務などを含む新型コロナウイルス対策への反対を唱えるデモの取り締まりのため、トルドー首相が緊急事態法を発動、デモに関係する個人や組織の銀行口座凍結を行っている。このデモは米国で展開されている極左暴力集団のNGO「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter; BLM)」が行なったような多くの破壊活動を伴ったデモなどとは違い、非常に平和的なものであったにもかかわらず、である。
この時はカナダ政府の指示を受けた銀行が、デモ支援者たる個人顧客の口座凍結を行ったわけだが、しかし中には政府の意向に必ずしも全面的に従わない銀行が現れる可能性もある。実際、こちらの記事で紹介したブランドン・ウェクスラー(Brandon Wexler)氏のケースでは、ウェルズ・ファーゴ銀行の口座を凍結されはしたものの、ウェクスラー氏は結局別の銀行で新たな口座の開設を許されている。
しかし、「絶対的な支配力」を持ち、個人のプライバシーなど歯牙にもかけない中央銀行が「プログラム可能」なCBDCが全面的に導入されてしまえば、そこでは中央銀行が個人と直接的取引を行うことになるので、政府が中央銀行に指図するだけで特定の個人の資産凍結なども行いやすくなるのではないかと考えられているのだ。つまり、我々の私有財産の剥奪や凍結である。
実際に一部の識者は、このようなシステムのもとでは個人が政府による資産凍結の可能性に怯えて暮らすことになり、その結果、思想や表現の自由を含むあらゆる基本的人権が奪われていくのではないか、と危惧している。
つまり、CBDCの導入が行われてしまえば、所有者さえ不明な「中央銀行」と名乗る一民間組織によって私たちは日常生活における経済活動のすべてが把握されてプライバシーを完全に奪われるばかりか、自分自身の生殺与奪の権さえ政府や中央銀行に握られてしまいかねないわけだ。
アニメ『鬼滅の刃』に「生殺与奪の権を他人に握らせるな」という言葉があったが、これを実生活で噛みしめる時は近いのかもしれない。
日本はどうかこんなCBDCに関する実証実験は過去数年間、すでに世界各国で行われてきたわけだが、実は日本でも同様の実証実験が行われている。
最近の動向として2023年4月3日から28日までの間、CBDCフォーラムへの参加者を募り、幅広いテーマにおいて議論・検討を行うことが示されているのだ。日本銀行はCBDC導入ありきではないとはしているものの、最近では実証実験や制度設計の検討はかなり進んできたという見方もされており、2026年にも発行の可否を判断する考えであるとも報道されている。
しかし本稿で見た通り、CBDCの導入は我々個人のプライバシー毀損のみならず、思想信条の自由や私有財産の喪失といった著しい基本的人権の侵害を受ける可能性があるという負の側面が極めて大きい問題である。にもかかわらず、国内大手マスメディアではほとんど取り上げられておらず、海外で広く認識されている様々な懸念は日本国内ではあまり共有されていないという点を筆者は強く懸念している。
所有者不明の一民間組織に過ぎない中央銀行が持つ絶対集権的な権力によって、日常生活における私たちの基本的人権が蹂躙されかねない世の中を招来させないためにも、まずは私たち一人ひとりがアンテナを張り、方向性を注視していく必要があるだろう。この記事が読者諸賢のCBDC理解の一助になれば幸いである。