主体性ゼロの管理職がいた

ある企業に木戸さん(仮名)という部長さんがいらっしゃいます。私の知り合いのご紹介で木戸部長と初めてお会いした時、彼からこんなご相談をいただきました。

「私の直属の部下の課長が、管理職としての役割を果たしてくれない。それどころか、主体性ゼロの状態。そのため降格を考えている。しかし彼はもともとそんな風ではなかった。昔の活き活きした時代を知っているから、できれば降格したくない。昔の彼に戻ってもらいたい。」と。

その課長は、下川さん(仮名)。普段はほとんど木戸部長の「言いなり」だそうです。つまりイエスマンになっていました。自分の意見はなく、木戸部長の言われたことをそのまま部下に「伝えるだけ」ですから、部下からの信頼もありません。

部下の皆さんは下川課長を飛び越えて、木戸部長に直接指示を仰いだり相談に来たりするとのことです。つまり、「課長がいる意味がほとんどない状態」だそうです。

その後、さらに詳細をお聴きしましたが、通常であれば確かに管理職からは降格した方が良さそうです。

しかし、木戸部長からは次のようなご依頼をいただきました。

「竹内さん、3ヶ月だけ下川のコーチングをお願いできないでしょうか?もしそれで彼が変わらないようであれば、降格する方向で進めたいと思います」と。

それを聞いて私は、下川課長に一度お会いすることになりました。

下川課長は穏やかな感じの方でした。私との面談も従順な感じで、仕事に対する不平不満などは言われませんでした。コーチングについても抵抗なく「お願いします」とのことでした。

しかし、確かに心が込められていないように感じます。

「言われてやる」というのをそのまま体現しているようでした。一見すると確かに管理職としての心意気はなさそうです。

しかし一方で、私の印象に残ったのは、下川課長の内発的なエネルギーの高さでした。そのエネルギーは、現時点ではほとんど表面化しておらず、心の奥の底に隠れてしまっているようでした。

全く表出していないが、実はエネルギーは高い。確かに木戸部長の言われた通り、以前は活き活きされていたのも頷けます。

それから、私は下川課長と毎週お会いしました。最初の1ヶ月は普段のお仕事に関しての傾聴に徹しました。

彼は私のことを警戒している雰囲気ではなかったのですが、彼自身が抑え込んで閉ざされてしまっている心が自然に開かれると良いな、と思っての狙いです。

私は、以前は活き活きしていたはずの下川課長が、なぜ今はただのイエスマンになってしまったのか探っていきました。

それがわかったのは、3回目のコーチングの時です。

下川課長のお話によりますと、もともと彼は何でも物事を「思い通り」に進めるタイプだったそうです。仕事上でもそれが功を奏して成績を上げ、管理職に抜擢されました。

しかし、管理職になりたての頃に「自分の思い通り」にやり過ぎて、自部署がバラバラになってしまったそうです。しかも、自分の気づかないところで部下を傷つけており、1人の部下から退職希望をされ、自分の愚かさに気づいたとのこと。

それ以来、下川課長はマネジメントのやり方を変えました。

自分が思い通りに進めるのではなく、皆の話をよく聴き、皆の意見を尊重して自分は「調整役であろう」とされたそうです。「当時はコーチングも少し勉強したのですよ」とおっしゃいました。

ところがその辺りからどんどん仕事への情熱が失われ始め、「正直言いまして、途中からどうでもよくなりました。木戸の下についてからは、彼が立派な上司でしたので、彼の言う通りになりました。それが最も間違いがないですから。別に私は課長でいたいとも思いませんので、降格になっても構わないのです。今は仕事よりも趣味の方が大事です。私は人生がそれなりに楽しければそれで良いのです」ということでした。

そしてその後、趣味の話をしてくださったのですが、その時はまるで人が変わったかのように目をキラキラさせるのです。

私はそれらのお話を聴いて、とても合点がいきました。

そしてようやくコーチングの1つの方向性が定まりました。