企業は勤労者の取り分を奪って好収益を達成した

この事実から引き出せる結論はひとつしかありません。それは、企業は前の10年代に失った利益を取り戻すために、ふつうの景況であれば当然勤労者の取り分になっていたであろう付加価値まで、強引に利益として取りこんでしまったということです。

次のグラフが、GDP成長率は低迷していたにもかかわらず、企業利益総額が史上最高水準まで登り詰めた事情を明快に描き出しています。

1970年代から1990年代半ばまで、勤労者の賃金給与は企業利益の7~11倍の範囲内で推移していました。1995年から2010年にかけて、この範囲が5~9倍に下がっていき、2010年代にはほぼ一貫して4倍台にとどまるところまで低下していたのです。

なお、2000年と2007~08年に賃金の対利益倍率が急上昇しているのは、それぞれハイテクバブルとサブプライムローンバブルが崩壊して企業利益が激減したために、ほぼ同額だった賃金給与の対利益倍率が上がったというだけのことです。

2010年代に入ってからは、企業利益が一過性で激減したときでさえ、勤労者の賃金給与の対利益倍率が顕著に上がることはなくなってしまいました。

そのへんの事情は、次の上下2段組のグラフが示しています。

企業人件費の対GDP比率が天井を打ったのは、1970年ともう半世紀以上も前のことでした。

また、労働生産性を上げるには、勤労者の資本装備率を上げる――より多くの設備投資でより効率の良い労働環境を築く――必要がありますが、これも40年前にはすでにピークアウトしています。

つまり、企業は自社が創出した付加価値のうち、本来勤労者が受け取るべき分まで横取りすることで、GDP成長率は鈍化しているのに利益を拡大しつづけてきたわけです。

しかも、金融市場、とりわけ株式市場はこうした企業行動をたんに容認するのではなく、むしろ賞賛するような行動を取っています。それがわかるのが、次の4枚組のグラフなのです。

比較的よく知られている株価評価の基準が、ここでは右下に出ている株価収益率(PER)です。株価を1株利益で割って算出し、株を買ったときの資金は何年分の利益で回収できるかを示しています。

2022年を通じてアメリカ株はだいぶ下げましたが、単年のPERはまだ歴史的に見て上から20%目というそうとう高い位置にあります。

それ以外の3枚は何年かのPERを、景気循環の上昇局面にあるか下降局面にあるかによって調整して移動平均値を出したもので、左上が10年移動平均、右上が5年移動平均、左下が3年移動平均となっています。

10年移動平均は上から9%目、5年移動平均は上から11%目、3年移動平均にいたっては上から5%目と、異常に高い水準を保っているのです。

もちろん、株価は永遠に上がりっぱなしということはなく、上がったら下がる、下がったら上がるのくり返しですから、現在の評価が高ければ高いほど、これから先下落する可能性が高くなるわけです。

1910年代のアメリカ経済では、それまで順調に伸びていたヨーロッパ諸国への輸出が、第一次世界大戦でほぼ全面的にストップし、その後の回復も遅かったために、10年間の累計利益成長率が大幅なマイナスとなりました。

1920年代には、そのマイナスを取り戻すために企業は労働者の取り分を削ってまで利益の拡大に努めました。株式市場はそれをはやして永遠に好況が続くとでも言うように各業界を代表する大手企業の株価を上げつづけました。

その結果、1929年の大恐慌によってバブルが崩壊し、1930年代を通じて深刻な不況にあえぐことになったのです。

前の10年代の企業利益が悪いと、次の10年代には利益拡大のために無理をする。そのまた次の10年代にはしわ寄せが来て、大減益になる。どうやら、アメリカ経済はこのくり返しで進んできたようです。

2010年代に起きたGDP成長率鈍化の中での株価急上昇は、企業が勤労者の取り分まで奪って利益を拡大したのもさることながら、その経営姿勢を褒めそやして利益成長率以上に株価を上げてしまった楽観的過ぎる株価評価にも大きく依存していました。

しかも、2010年代の株価上昇はインフレ率が比較的低水準にとどまる中で起きていましたが、2020年代に入ってインフレが加速しはじめました。

まずロックダウンの解除によるリベンジ消費があり、アメリカの中央銀行である連邦準備制度による連続的な利上げがあり、さらに「グリーン革命派」による化石燃料敵視やロシア軍のウクライナ侵攻に伴うエネルギー需給の逼迫と、物価上昇要因が揃っています。