自由に排泄さえできない「スマート」な構想に名乗りを上げる日本の自治体

「万里の長城型強制収容所」ともいえるザ・ライン900万人もの人間を一つの巨大構造物に同居させることは、インフラや安全衛生の面から見ても、これまで世界中の大都市が発展を重ねる歴史の途上で経験し、試行錯誤の中で解決してきた様々な問題が生じるであろうことは想像に難くない。

例えば同じ構造物住む900万人が一気に生活用水を流せば、あちこちで下水管に詰まってしまい、溢れかえることだってあるに違いない。しかしスマートシティでは、そんな状況を回避するために、住民に対して極端なマイクロマネジメントが強いられる可能性があるというから驚きだ。この点に関し、ハートランド研究所の研究員からは以下のような指摘がなされている。

スマートシティの実験都市のなかには、下水道のシステムを監視し、下水道に流される量が多くなったことから、地域住民にトイレを流さないようにということがメッセージで送信されることもあるそうだ。スマートシティでは、トイレに行くことすら自由できなくなる可能性がある。

900万人もいれば、同時に「尿意便意を覚える」人たちは何十万人もいるわけだ。そんな時に、下水管の修理が必要だからと言って、「用を足すな」と言われてしまうような都市計画のどこが「スマート」なのだと言いたくもなる。仮にトイレで用を足せなくなった人たちが我慢できずに、それこそ何百万人もの同居人が押し込められている構造物のあちこちで用を足したらどうなるか。

問題は臭いだけではない。衛生環境は一気に悪化し、そこから一気に疫病も流行るであろう。900万人が互いに距離を取らず、ぎゅうぎゅうの区画に収容されているわけだから、ウイルスの感染拡大も早いに違いない。そうなったらこの「スマートシティ」は一夜にして「ウイルス感染シティ」に変わってしまいかねないわけだ。

GSCAの実験都市のなかに日本からは加賀市、加古川市、浜松市、前橋市が含まれているとのことだが、これらの都市の住民がトイレを流したい時に流せず、疫病が蔓延してしまうという事態にならないことを祈念したい。

スラム化しかねないスマートシティ

このように下水一つとってもさまざまな問題が見えてくる「スマート」な都市構想であるが、ハートランド研究所の研究員は、スマートシティが展開された後の都市そのものの持続可能性についても警鐘を鳴らす。

アパートも費用をかけてメンテナンスしない限り、スラムになりかねない。1960年代、シカゴにカブリニ・グリーン(Cabrini-Green)という公営住宅建設のプロジェクトがあった。しかし、公営住宅は建設されたものの、その地域は貧困と犯罪の温床となってしまい、40~50年後には完全に解体されることとなった。元々は調和がとれたユートピアを作る計画だったものが、実行後にとんでもない代物になる事例は多い。

カブリニ・グリーンの件ならびに、ザ・ラインは当初2025年に完成予定だったものの5年遅延する予定と聞いた時に、ふと筆者の頭をよぎったのがスペインにおけるケースだ。

スペインでは2008年の金融危機により、多くの投機的な大規模都市計画プロジェクトが停止した。プロジェクトの多くはそのまま放置されたことから、スペインは塩漬けとなったプロジェクトが国中に散乱するという悲惨な事態を抱えることになった。他国でも同様の事態は発生したが、スペインは規模の面で被害がもっとも大きかったと言われている。

2016年に出版された書籍The City That Never Wasでは放棄された廃墟となった都市計画プロジェクトとその写真が、詳細な解説とともに数多く紹介されている。サウジアラビアにおけるザ・ラインのような計画が途中で頓挫したりメンテナンスがうまくいかなくなった場合にどのような悲惨なことになるのか、世界に多く存在するこのような「黙示録」を見れば大体の想像はつくのではないだろうか。