目次
登山は苦しいが
道具を買う楽しみ

登山は苦しいが

いま改めて感じる登山の魅力「おとうさんのよも山ばなし」
(画像=撮影:ライター,『暮らし〜の』より 引用)

筆者の住む町は半島に位置するので先端に行けば海、反対を見れば山ばかりという立地だ。

マリンスポーツはしないが視界には常に海がある。

買い物をしていると否応なく山に触れる。

そして登りたくなる。

服が欲しいとかお腹が空いたとかと同じレベルで「山に行きたい」と思うのだ。

しかし、近くに山があるからといって、行きたいときに行けるわけでもない。

仕事や日常生活の合間とタイミングを見て、ここぞというタイミングでザックを背負う。

喜び勇んで登山口に入る。

しかし5分もしないで息は絶え絶え。

日頃の不摂生を呪いつつ「もう登山なんていやだ」と朝5時に目覚まし時計なしで目覚めた自分とは真逆のことを呟く。

それでも「せっかく来たんだから」と元来の貧乏性が引き返すことを許さず山頂を目指す。

山頂に着いたらついたで「やまさいこ~」となる。じつに人間らしい。

自分に勝つとか、体力の限界に挑むとかではなく、この自分の人間臭さを確認しに行くのかもしれない。

道具を買う楽しみ

いま改めて感じる登山の魅力「おとうさんのよも山ばなし」
(画像=撮影:ライター,『暮らし〜の』より 引用)

登山に限らず趣味にハマると道具が欲しくなる。

登山もリュックや登山靴などの、いわゆる三種の神器をはじめ、登山を楽しもうとするとドンドン道具が欲しくなる。

そして、欲しくなる道具が高額になりがちだ。

小遣いをやりくりし、パートナーを口説き落として手に入れた憧れの道具を山で楽しむ。

頭に中に浮かぶのはカタログで見たスマートなモデルと同化した自分だ(実際はどうかしたオッサンである)

機能やギミックに喜び感動し、下山後は大して聞いていないパートナーにレビューする。

それでいいのだ。趣味などどこまでいっても自己満足なので酔いに浸ればいい。

使い、磨き、眺める。

道具を買うのも登山の楽しみだ。