戦争と評判

歴史上、多くの戦争は国家の評判や威信、名声の名の下に行われてきました。その背景にあるのは、弱腰の姿勢は敵国に付け入るスキを与えて、その侵略を助長するのではないかという指導者の恐怖です。ジョナサン・マーサー氏(ワシントン大学)は、この政治的に強力な議論に反論しています。すなわち、国家の評判を賭けた戦争に価値はないということです。

その後、国家の評判と信頼性に関する研究は格段に進歩しました。紛争や危機で引き下がった国家は、侵略に抵抗する決意を疑われて挑戦を受けやすくなるかどうかについては、政治学者の間で意見が割れています。

ダリル・プレス氏(ダートマス大学)は、こうした学習効果はなく、国家の現状打破行動はバランス・オブ・パワーによって決まると主張しています。

他方、アレックス・ウエイシガー氏(ペンシルベニア大学)とカレン・ヤリ=ミロ氏(コロンビア大学)は、過去の行動が決意や威嚇の評判に普遍的な影響を与えるわけではなく、同じような危機や紛争において、指導者の決意の評判に関する判断に強く影響する一方で、あまり似ていない危機や紛争では、弱い効果しかないという研究結果を発表しています。

どちらが正しいとしても、侵略の「ドミノ理論」は支持されません。「侵略が許される」というメッセージが世界全体に広がった結果、あちこちの現状打破国がこれを学習して勢いづき隣国を次々に征服することなど、国際政治の常識からすれば、ほとんどありえないということです。

アメリカと同盟国は、用済みとなった三流の理論をあえて持ち出す必要もなければ、勝利と敗北の二項対立に拘泥されるべきではないでしょう。

世界レベルの国際政治研究の成果は、「国際秩序の守るためにロシアを敗北させなければならない」とか「中国の台湾侵攻を防止するためにウクライナでロシアの勝たせてはいけない」「もしロシアのウクライナ侵略が成功して、国際社会がウクライナを見捨てた場合には、日本だって同じことが起こりうる」(小泉悠氏)といった言説を安易に信じないほうが賢明であることを我々に教えています。

ロシアとの戦争目的は、ウクライナの主権と独立を守ることにより正当化されます。この点について、ジョージ・ビービ氏(クインシー研究所)は、「ウクライナはすでに、ロシアがウクライナの独立を抹殺する能力を持たないようにするという、この戦争の最も重要な目標を達成している」として、バイデン政権に和平交渉に乗り出すよう促しています。

アメリカ元NATO大使のイヴォ・ダルダー氏は、ウクライナ情勢の分析を難しくしている戦争の霧の中に見えたことを率直に語っています。すなわち、「ウクライナの勝利はなさそうだ。不可能ではないが、戦車やあらゆるものが流れ始めたとしても、なさそうだ…この戦争がウクライナの勝利で終わるという考えは、試してみるべきだが、それに基づいて政策を構築すべきではない」ということです。

終末的大惨事により霧が晴れる結果になることだけは避けたいものです。