間違った因果推論
現代版ドミノ理論は、台湾有事の分析でも猛威を振るっています。この理論に取り憑かれた人は、ウクライナでロシアが敗北しなければ、「侵略は許される」というメッセージを世界に発することになり、それを中国の習近平国家主席が学習して、台湾に侵攻することになるだろうと主張するのです。ヨーロッパで倒れた1つのドミノの駒は、なんと何千キロも離れたアジアの駒を倒すことになるという驚くべき考えです。
アメリカのマイケル・マッコール議員は、「ウクライナが陥ちると中国の習主席は台湾を侵攻することになる」とCNNに語りました。これに痛烈な反論を行ったのが、『シカゴ・トリビューン』紙のコラムニストであるダニエル・デペリス氏です。
彼は「アメリカ人は、このような単純で事実無根の発言を下院外交委員会の委員長がすることをとても、とても懸念すべきです。習近平は台湾侵攻を決断する可能性は大いにあります。しかし、そうだとしても、習近平はウクライナで起きたことに基づき重みのある決断を下さないでしょう。習近平はハードパワーの指標、例えば、中国共産党にそのような作戦を行うための訓練が行われたか、そのための装備があるかどうか、台湾の抵抗力はどうか、に基づくだろう」とまっとうな主張をしています。
中国の対外行動がウクライナ情勢に左右されないことのエビデンスもあります。中国外交部の王毅外相氏は、2022年3月8日に「台湾問題とウクライナ問題は性質が異なり、全く比較にならない。最も基本的なことは、台湾は中国の領土の不可侵の一部であり、台湾問題は完全に中国の内政問題である」と発言しました。
我々は権威主義国や独裁国の指導者の発言を精髄反射のように「プロパガンダ」と退ける傾向があります。確かに、政治指導者は相手を騙そうとして「ウソ」のメッセージを発信することはあります。ところが、国家間のリーダーや外交官たちは、思ったほど互いにウソはつかないことが、国際政治における戦略的なウソの研究から明らかにされています。
王発言が、台湾侵攻を隠匿するとともに、台湾を支援する国を油断させるためのウソだったとするならば、中国人民解放軍はそろそろ台湾を攻撃してもよさそうなものですが、今のところ、その気配はありません。
台湾の併合は習近平が掲げる「中華民族の偉大な復興」の1つの目的ですが、にもかかわらず、中国が台湾に侵攻していないのは、戦略国際問題研究所が最近に公表した机上演習の通り、北京の指導者が、その企ては「早期に失敗」しそうだと判断しているか、甚大なコストを払うことになり、迅速で安上がりな勝利をまだ収められそうにないと考えているからでしょう。
オースチン・ダマー氏(防衛政策アナリスト)が鋭く指摘するように、「『ウクライナを救えば台湾も救われる』と考える政策立案者や戦略家は、自分自身を欺いている。ヨーロッパでロシアを衰退させ、そしてアジアへ優雅に軸足移動を実行するなどと言うことは、災いを招くだけでなく、アジアにおける中国の覇権の条件を促進する可能性さえある」と思います。
要するに、ウクライナ情勢次第で中国の出方が決まるなど、あり得ないことなのです。日本やアメリカの安全保障のカギを握っているのは、ロシアのウクライナでの勝敗ではなく中国の行動です。
ウォルト氏が喝破したように、「現在、ロシアのウクライナ戦争はより直接的な問題であるが、より長期的な課題としては中国が挙げられる。アメリカ(そして日本、引用者)の経済的将来と安全保障全体は、クリミアとドンバスを(ウクライナかロシアの)どちらが支配することになるかで決まるわけではない」のです。
むしろ、ウクライナへの西側の支援と中国封じ込めはトレードオフの関係です。アメリカと同盟国がウクライナに戦略資源を投入した分だけ、中国の侵攻を抑止することに犠牲が生じます。
我々は、トランプ政権の高官だったエルブリッジ・コルビー氏の発言にもっと真剣に耳を傾けるべきです。すなわち、「中国との戦争に必要な準備はできている、台湾・アジアとウクライナ・ヨーロッパの間にトレードオフはない、という主張は成り立たなくなってきている。(アメリカも日本も)明らかに十分な準備ができておらず、トレードオフの関係はある。事実を直視した方がいい」ということです。