子育て段階での事業の「異質性」

「2.きめ細かな少子化対策の推進 (1)結婚・妊娠・出産・子育ての各段階に応じ、一人一人を支援する。①結婚 ②妊娠・出産」に関しては、そのまま「異次元」でも重要な対策になる。

しかし、③「子育て」に含められた厚労省「たばこ対策促進事業」は、どのような理由によるか。もちろんたばこは「百害あって一利なし」は承知しているのだが、だからといって「子育て支援」にこれを含める必然性には乏しいのではないか。なぜなら、たばこ対策は全世代に向けられたほうがいいからである。

また、「子育て」事業に文科省「国立女性教育会館運営交付金」があったり、農水省「都市農村共生・対流及び地域活性化対策」や「農山漁村振興交付金」や「次世代林業基盤づくり交付金のうち木造公共建築物等の整備」などが顔を出していることには、疑問を感じる。これらもまた「子育て」に含めるには、かなりの想像力が必要になる。

バリアフリーは「子育て」なのか

次に、「(2)社会全体で行動し、少子化対策を推進する。①結婚・妊娠・出産・子育てに温かい社会づくり」についてのべる。

一般論として「温かい社会づくり」は重要であろうが、バリアフリー事業をここに位置付けるのは牽強付会の説としかみえない。

国土交通省「省庁施設のバリアフリー化の推進」「鉄道駅におけるバリアフリー化の推進」「駅空間の質的進化」「地域公共交通確保維持改善事業」などはすべて「温かい社会づくり」にはなるだろうが、「少子化対策」の費目に滑り込ませていいのだろうか。

また、厚労省「シルバー人材センター事業」も「子育て」事業にはまる費目かどうか。

「私たちの知識の大部分は、単なる事実ではなく、因果関係による説明からなっている」(パール & マッケンジー、2018=2022:46)。これら事業についても、担当の省庁ごとに「少子化対策」とどのような因果関係を示すのかを具体的に示された方が、「異次元」論争にも有効であろう。

「異次元」決定の前に「通常次元」の「異質性」の点検をしよう

少子化対策の「異次元」を目指すという首相の姿勢は評価できるが、これまで具体的に例示したような事業、すなわち「風が吹けば桶屋が儲かる」式の省庁間のロジックをどこまで首相が抑えられるか。

財源問題の決着の前に、このような「通常次元」の「異質性」の点検をしないと、30年間続けてきた失敗が繰り返されることになる。その試金石は、30年間続けてきた二本柱の「待機児童ゼロ」と「ワークライフバランス」方針を、「異次元の少子化対策」に持ち込むかどうかの首相の判断にある。

そして、4月の「こども家庭庁」が発足してから年末の概算要求までに、これまでの全事業がどこまで少子化対策に有効であったかの因果推論による点検をそれぞれの省庁が行いたい。「こども真ん中」を目指す「異次元の少子化対策」は、その後に自然に見えてくる。

注1)たまたま私は、札幌市で2003年10月から2013年8月まで「次世代育成対策推進協議会会長」となり、継続して9月からは「子ども子育て会議会長」として2020年3月まで微力を尽くした。本文中の表1でいえば、2003年7月の「次世代育成支援対策推進法」から2020年5月「少子化社会対策大綱」の直前までになる。関連して、児童福祉専門分科会の座長を1999年10月から2014年10月まで務めたので、少しは自治体の政策決定にも触れた経験をもつ。なお、「異次元」論議以前に、アゴラでもすでに「少子社会」「少子化対策」については発表してきた(金子、2022a、2022b、2022c)。

注2)30年前から今日まで少子化指標の具体的データとしては「合計特殊出生率」が使われてきたが、未婚率の上昇を踏まえると、単年度出生数と合計特殊出生率だけでは不十分になり、最近では「年少人口数」と「年少人口率」の両者も合わせて利用されるようになった。

注3)これには反省が遅いという批判もあるが、いろいろな事情の中でよくぞ言ったという評価もある。詳しくは金子(2022e)参照。

注4)ここでの私の発言は人口研究の社会学の立場から行う。

注5)ことわざの持つ含蓄と現代社会や文化との関連について、日英仏の3言語を通してまとめたことがある(金子、2020)。

注6)現状分析と政策提言を取り入れた私の少子化研究としては、『都市の少子社会』(東京大学出版会、2003)、『少子化する高齢社会』(日本放送出版協会、2006)、『日本の子育て共同参画社会』(ミネルヴァ書房、2016)がある。

注7)この観点から、「新しい資本主義」の限界は金子(2022a)で論じたし、「田園都市国家論」の完全欠如は金子(2022b)で具体的に指摘した。また「全世代社会保障」といいながら、「世代論」が皆無であることは金子(2022e)で詳しくのべた。

注8)ここではnormalとabnormalを使わないことにする。

注9)ただし、表1で分かるように、「待機児童ゼロ」と「ワークライフバランス」の二本柱は全く揺らがなかった。

注10)「異次元の少子化対策」議論の前提には、「通常次元」の諸事業について自らの優先順位の明示が重要であろう。

注11)誤解が生じないように追加すれば、この種の事業が不要だと言っているのではなく、少子化対策予算で行なえるのかと問いかけているだけである。

【参照文献】

新しい資本主義実現会議,2022,『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)』(6月7日). 岸田内閣閣議決定,2022,『経済財政運営と改革の基本方針2022』(6月7日). 金子勇,2003,『都市の少子社会』東京大学出版会. 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会. 金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房. 金子勇,2020,『ことわざ比較の文化社会学』北海道大学出版会. 金子勇,2022a,「政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑩)(アゴラ6月25日). 金子勇,2022b,「政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑪」(アゴラ7月2日). 金子勇,2022c,「『人口変容社会』への認識と対応」(アゴラ10月26日). 金子勇,2022d,「『人口変容社会』の未来共有」(アゴラ 12月8日). 金子勇,2002e,「『全世代社会保障』の実行性と実効性」(アゴラ 12月30日). 内閣府編,2019,『令和元年 少子化社会対策白書』日経印刷. 内閣府編,2022,『令和4年 少子化社会対策白書』日経印刷. Pearl, J. & Mackenzie,D.,2018,The Book of Why:The New Science of Cause and Effect, Allen Lane.(=2022 夏目大訳『因果推論の科学』文藝春秋). 全世代型社会保障構築会議,2022,『全世代型社会保障構築会議報告書』同会議.