施政方針の報告書と特徴
そこでこれまでの経験を活かして、「異次元の少子化対策」への道を考えてみたい。
まずは「通常次元」の先行研究として、内閣の施政方針ともいうべき報告書を取り上げる。2年目になった岸田内閣には、その施政方針の根拠となる3つの重要な報告書があり、それぞれに主要課題となる「新しい資本主義」「デジタル田園都市国家」「全世代社会保障」がテーマとされた。
ただし残念なことに、3冊とも肝心のキーワード、すなわち「新しい資本主義」「田園都市国家」「全世代」への説明がないという際立った個性を持っている注7)。
2.「通常次元」の少子化対策史
30年間の少子化対策の流れ論理的に「異次元」(unusual dimension)を強調するのであれば、まずは「通常次元」(usual dimension)の現状を知っておきたい注8)。「1.57ショック」から33年後に「異次元の少子化対策」が使われたのならば、それまでの期間を「通常次元の少子化対策」とするしかない。
そのために手元にある歴年の『少子化社会対策白書』をみれば、33年間の歴史を帯びた「少子化政策」の事業メニューが省庁ごとに区別されて本文にも記され、巻末にも掲載されていることが分かる。
冒頭の表1は私なりに簡略化した「少子化対策の歴史」であるが、メディアで流行し始めた「異次元の少子化対策」論では、「通常次元」の『少子化社会対策白書』に基づくような歴史的経過を踏まえた論議はほとんどみられない。
<1.57ショック>を契機とした少子化対策史細かな通史の説明は避けるが、<1.57ショック>を契機とした少子化対策史では、エンゼルプラン、少子化対策推進基本方針、少子化社会対策基本法、少子化社会対策大綱、子ども・子育てプラン、少子化社会対策大綱、ニッポン一億総活躍プラン、子育て安心プラン、子ども・子育て支援法改正、少子化社会対策大綱、新子育て安心プランなどに象徴できるように、政府は繰り返しプランをつくり直し、少子化社会対策大綱に至っては3度も出したことになる注9)。
少子化対策関係予算は防衛予算と同じ6兆円その結果、表2のように令和4年の予算総額は6兆円を超えて、防衛費と同じ水準に達している。
分類は「Ⅰ重点課題」と「Ⅱライフステージの各段階における施策」となり、Ⅱでは「結婚前」「結婚、「妊娠・出産」「子育て」のステージごとに事業予算化されている。
最重点課題は「多様化する子育て家庭の様々なニーズに応える」ただし、表2の内訳はやや重複があるので、注1)から注5)までを参照してほしいが、ともかく歴史的には「Ⅰ重点課題」としての筆頭が「多様化する子育て家庭の様々なニーズに応える」(4兆1356億円)であったことは、直接的な「子育て支援」が最優先されてきたことを教えてくれる。これは別に「異次元」ではなく、「通常次元」でも当然の優先順位の判断である。
その証拠に、「異次元の少子化対策」の財源問題論争でも、この直接的「子育て支援」を念頭に、所得増税、消費増税、国債発行などの意見が飛び交っている。
ただし、「地域の実情に応じたきめ細かな取組を進める(1兆6736億円)と「結婚・子育て世代が将来にわたる展望を描ける環境をつくる」(1兆737億円)も同じ「通常次元」の重点課題としても、その内容の精査をすると、驚くほどの「異質性」が発見できる。次にこれについて具体的にのべてみよう。

表2 令和4年度少子化対策関係予算出典:内閣府『令和4年版 少子化社会対策白書』
3.「通常次元」の「異質性」を削除した「異次元」の可能性
「通常次元」の少子化対策事業にみる「異質性」令和4年度ではこの両者でも合計2兆7000億円が支出されている。これは実に消費税1%をはるかに超える。
以下では、『令和元年版 少子化社会対策白書』を使い、予算決算がすでに確定した平成29年~令和元年(平成29年度決算額を含む)の事業を素材にして「異質性」を判断するために、疑問に思える事業メニューを紹介してみよう。
少子化対策関係予算の大枠まずは予算の大枠を示そう。
1.重点課題
(1)子育て支援策を一層充実させる (2)若い年齢での結婚・出産の希望が実現できる環境を整備する (3)多子世帯への一層の配慮を行い、3人以上子供が持てる環境を整備する。 (4)男女の働き方改革を進める。 (5)地域の実情に即した取組を強化する。
2.きめ細かな少子化対策の推進
(1)結婚・妊娠・出産・子育ての各段階に応じ、一人一人を支援する。
① 結婚 ② 妊娠・出産 ③ 子育て ④ 教育 ⑤ 仕事
(2)企業の取組
以上が大枠であり、令和元年度(2019年度)当初予算総額は5兆1196億4900万円であった。
「通常次元」を精査するここからは価値判断が働くために、取捨選択される事業項目は人それぞれにならざるを得ない。私の場合は、子育て給付、子育て支援、子ども医療、保育・幼児教育は最大限の優先順位を付けるという立場を厳守する注10)。この基準に照らして令和元年の「通常次元」の事業を精査すると、以下のような指摘ができる。
1.重点課題 (1)「子育て支援策を一層充実させる」、(2)「若い年齢での結婚・出産の希望が実現できる環境を整備する」、(3)「多子世帯への一層の配慮を行い、3人以上子供が持てる環境を整備する」についてはこのまま「異次元」にも組み込める。
しかし、(4)「男女の働き方改革を進める」に含まれた厚労省「テレワークの普及促進対策事業」、総務省「ふるさとテレワーク推進事業」、文科省「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」などは、どのようなロジックで「少子化対策」につながるのか。
同じく農水省「はまの活力再生・成長促進交付金」もまた同じであり、これらは「通常次元」事業の「異質性」という印象が強い。かりに少子化対策資金を使ってこれらの事業を行うのであれば、国民が納得のいく因果推論を示した方がいいと思われる。十分な因果推論がなければ、「異次元の少子化対策」にはふさわしくない注11)。