長引く新型コロナウイルス禍で経済の先行きが見通しにくい中、物価高の一方で賃上げはなかなか進まないという現状が続いている。労働争議によって「ストライキも辞さない」という強い姿勢をもって、経営者側に待遇改善を迫っても良いはずなのに、日本では「ストライキ」という言葉をほとんど聞かなくなった。なぜなのか。

労働争議の件数は直近10年間で半減

独立行政法人労働政策研究・研修機構のまとめによると、2021年の労働争議件数は297件で、調査を始めた1957年以降の65年間で2番目に低い水準だった。このうち、ストライキやロックアウトなど争議行為を伴う「争議件数」が55件で、総参加人員は3万8,540人、行為参加人員は7,858人だった。

調査の元データとなったのは厚生労働省の2021年労働争議統計調査結果。この調査によると、過去に最も少なかったのは2019年の268件で、2020年が303件だった。

2017、18年も300件台であるところから考えると、2021年が特別に少なかったわけではなく、近年は過去最少のレベルで推移していることが分かる。実際、10年前の2011年時の労働争議件数は612件、翌2012年の労働争議件数は596件なので、直近10年間だけで半減している。

労働組合は経営幹部への「登竜門」?

日本でストライキが少ない背景には、「労使協調」という名のもと、正面からのぶつかり合いを避ける風潮があるだろう。

労働組合の幹部になると、自社の経営幹部と顔を合わせる機会が多い。職場の体面を保つため、場合によっては自分たちを代表して労働組合の幹部になる人物として「デキる人」を選んでしまう。

そうした人材は日頃の勤務時から経営幹部による評価が高く、ゆくゆくは経営幹部になることを期待されている。本人もまんざらではないため、経営幹部と衝突することを好まない。労使交渉の場は「上に顔を売る場」「登竜門」のように有名無実化しがちだ。

そうなると、本来は労働者、使用者として異なる立場から意見をぶつけ合うはずの場で「なあなあ」の議論がなされる。経営幹部の顔色を見ながら提案し、経営幹部がそれを受け取って応じるだけという消極的な交渉になるのだ。

近年は高学歴化が進み、多くの社員に出世の道が開かれている。仮に上記のように「自分は一握りのデキる人であって、将来は役員になれる」とまで自覚していなかったとしても、数年後には労働組合の幹部ではなくなるし、「頑張れば、それなりのポジションには上がれるかも知れない」と考えれば、わざわざ経営幹部ににらまれるメリットはない。こうして、やはり盛り上がりの少ない労使交渉が繰り広げられる。

「足るを知る」

とは言え、今でも春になると、交通機関に「ストライキ実施の可能性」を書いたビラが掲示されることがある。

本当に実行されることはまれなので、経営層や組合員に向けた労働組合による「ポーズ」に近い行為とも言えそうだし、組合員たちによる自分の仕事への「責任感」の現れという見方もできそうだ。

経営層も労働者も、立場は違えども、広い意味で同じ会社を支えるメンバーだと考えると、仲間意識もないわけでない。日本では聖徳太子が制定したとされる17条の憲法で用いられた「和を尊ぶ」という精神が行き渡っており、特に仲間内では面と向かって意見を言い合うのを避ける。

さらに、中国の思想家・老子の言葉にあった「足るを知る」も、日本では広く知れ渡っている。現状あるものに満足して落ち着こう、という意味だ。

もっとも、これが行き過ぎると「確かに同業他社の給与水準よりは低いけど、生活できないわけじゃない」「休みは多くないけど、一応、子どもと遊ぶ時間はある」という感覚に陥る。すると、身分相応どころか、最低ラインよりも上である自分の状況を無理に肯定し、慰めることになってしまうのではないか。

ストライキがないと、一生待遇は改善されない?

ストライキが実行されると、鉄道やバスでの移動ができなくなったり、メーカーが作るはずの物が手元に入ってこなかったりする可能性がある。だから、ストライキがないこと自体は、一消費者、一利用者からすると、好ましいことではある。

ただ、国内人口が減少局面に入り、他方で企業活動のグローバル化が進む中、悪い意味で「足るを知って」しまっては、長期的に優秀な人材が海外企業に流れ、また国内に人材が入ってこなくなり、企業の競争力を低下させる要因になる可能性もある。そこまで大げさなことを言わなくても、例えばバスの運転士の待遇が改善されなければ、長期的には運転士の成り手が減り、やがてバスは運行できなくなる。

これだけ経済社会に停滞感、先行き懸念が色濃くある中、本来なら多くの危機感を抱いているはずの労働者が声を上げにくい環境というのは、異常事態とも言える。労働争議の件数が、単年度ではなく継続して過去最少レベルで推移し、ストライキが減少している状況は、もともとの国民性に加え、労働者が社内での出世などを意識した、内向きで短期的な発想をし過ぎることに起因すると言えそうだ。

文・岡本一道(政治経済系ジャーナリスト)
国内・海外の有名メディアでのジャーナリスト経験を経て、現在は国内外の政治・経済・社会などさまざまなジャンルで多数の解説記事やコラムを執筆。金融専門メディアへの寄稿やニュースメディアのコンサルティングも手掛ける。

【関連記事】
サラリーマンができる9つの節税対策 医療費控除、住宅ローン控除、扶養控除……
退職金の相場は?会社員は平均いくらもらえるのか
後悔必至...株価「爆上げ」銘柄3選コロナが追い風で15倍に...!?
【初心者向け】ネット証券おすすめランキング|手数料やツールを徹底比較
1万円以下で買える!米国株(アメリカ株)おすすめの高配当利回りランキングTOP10!