第2に、戦争の長期化はウクライナのロシアに対するバーゲニングの立場を悪化させる恐れがあります。そうなると、ウクライナは今よりも不利な条件で停戦や終戦に応じざるを得なくなるかもしれません。

こうした懸念は、『ワシントン・ポスト』誌のコラムニストであるカトリーナ・ヒュベル氏の主張に表れています。彼女は「外交にチャンスを与える時だろう…アメリカやNATOはウクライナ側に立っているが、支援の継続は無制限ではない。ロシアに対する制裁措置はヨーロッパに残酷な不況をもたらすことになった。生活費の高騰を理由にした怒りのデモが欧州各地で起きており、国民の反発が強まっている」と、西側のウクライナ支援の持続性に懸念を示しています。

ウクライナへ最大のサポートをしているアメリカの支援総額は、既にとてつもないレベルに達しています。アメリカのウクライナ支援の総額は1,055億ドル(約16兆円)に達する見込みであり、現在の支出率(月68億ドル≒1兆円)では、来年の5月頃までしか持ちません。その時点で、戦争が終結するか、膠着状態で決着しない限り、米政権は追加資金を要求する必要があるだろうということです。

アメリカは世界第一位の経済大国ですが、これほど高額な援助をウクライナにどれほどの期間にわたり提供できるかは、350兆円もの財政赤字を抱え、今後インフレに悩まされるだろうことを考慮すれば、不透明なところがあります。

新しいヨーロッパ協調の困難性

近代国際システムにおいて、ナポレオンによる破滅的な大戦争の後に、最も平和の時期を構築した「ヨーロッパ協調」は、ヘンリー・キッシンジャー氏が強調する「正統性」のある国際政治の仕組みでした。彼の以下の警句は、ロシア・ウクライナ戦争の終わり方を考えるうえで、参考にすべき含意があります。

どんな国際問題の解決の場も、ある国が、自分自身に対して抱いている姿と、他の諸国が、その国に対して抱いている姿とを調整する過程を意味する…一国にとっての絶対的な安全は、他のすべての国にとっては、絶対的な不安を意味するがゆえに、そのような安全は”正統性”にもとづいた解決の一つとしては達成できない…すべての主要大国によって受け入れられている枠組みをもつ秩序というものは”正統性”があるのである。一国でもその枠組みを抑圧的と考えるような秩序は”革命的”秩序なのである…結局、フランスが、ヨーロッパ問題に参加することになったのである。なぜならば、ヨーロッパ問題はフランス抜きにしては解決できないからだった(『回復された世界平和』原書房、1976年〔原著1957年〕、268-274頁)。

ヨーロッパの戦後構想は、ロシアをどのように扱うかが、大きな論点になることは間違いないでしょう。ロシアという「大国」が消滅しない限り、ヨーロッパの安全保障がロシア抜きにしては解決できない現実は、どれほどロシアを嫌悪しようとも事実として残るからです。

しかしながら、ヨーロッパ協調を構想して実現することに尽力した、メッテルニヒやカッスルレーに匹敵する人物を現在の世界に見つけるのは難しそうです。

その一方で、ロシアを徹底的に敗北させる主張には、一定の支持があるようです。ジャーナリストのアン・アップルバウム氏は、アメリカの民主党内の「進歩派コーカス」から提出された、バイデン政権に停戦交渉を求める書簡を批判して、「奇妙にも、これは戦争に『勝たないこと』の代償を見ていない。それはウクライナ人の大量殺戮/奴隷化、核恫喝を再び行なう権限をロシアに与ることだ。プーチンの目標であるウクライナの排除は変わらないままなので、どう彼を交渉へと説得するかも説明してない」と声高に異議を唱えました。結局、この書簡は直ぐに撤回されてしまいました。

ヨーロッパ協調に代わる戦後構想のモデルとしては、第一次世界大戦後のベルサイユ体制があります。これには賛否両論があります。根強い批判としては、これはドイツを懲罰して屈辱を与えるものであったために、リベンジを誓うヒトラーという「歴史の怪物」を生み出す温床になったというものです。他方、ドイツにおけるヒトラーの台頭は単純にベルサイユ講和には結びつけられないとの反論もあります。

歴史学の大家であるマーガレット・マクミラン氏(オックスフォード大学)は、こう主張しています。

ヒトラーが権力を掌握すると、ドイツは公然と賠償金をキャンセルした…大恐慌がなかったら、(ドイツの)侵略そして戦争への地滑りは起こらなかったかもしれない。悪い歴史…が教える教訓は、あまりに単純であるか、単に間違っているかのどちらかである…私たちは、ヒトラーとナチスがヨーロッパの最も強力な国家の一つを掌握しなかったら、世界がどれほど違っていたかをということを自問するだけでいい(『誘惑する歴史—誤用・濫用・利用の実例—』えにし書房、2014年〔原著2009年〕、39-40頁)。

リアリストの和平構想

このようにヨーロッパ協調体制もベルサイユ体制も、ロシア・ウクライナ戦争後の講和を考えるモデルとしては一長一短があります。ただ1つだけ確実にいえることは、この戦争を終結させるヨーロッパの和平は、ウクライナの独立と主権の維持はもちろんですが、ロシアの地位の扱いを抜きにしては構築できないということです。

それでは、リアリストが考えるロシア・ウクライナ戦争の「和平」への道程とは、どのようなものでしょうか。リアリストのスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)の主張を引用して、この記事を締めくくりたいと思います。

「この戦争は、主人公たちが当初の目的をすべて達成することはできず、理想的とはいえない結果を受け入れなければならないことを理解するまで、コストがかさむ膠着状態に陥る可能性が高い。ロシアは、ウクライナを従順な衛星国にすることはできないし、モスクワを中心とした『ユーラシア帝国』も手に入れられないだろう。ウクライナはクリミアを取り戻すことも、NATOに完全加盟をすることもできないだろう。アメリカは、他の国家をNATOに加盟させることをいつかは諦めなければならないだろう。しかし、真の策略は、当事者が永続的に共存し、機会を見て覆そうとしないような解決を考案することだろう。これは非常に困難な課題であり、賢明な人々が、そのような合意がどのようなものであるかをより早く理解し始めれば、もっとよいだろう」。