不遇のリアリスト
ロシア・ウクライナ戦争において、リアリストは一貫して和平交渉による戦争の終結を主張しています。アンドリュー・ラーサム氏(マカレスター大学)は「取引をする時だ。プーチンに『退路』(孫子)を提供して、彼が(長期にわたり禍根を残すような)ロシアの屈辱感を増幅させることなく戦争を終わらせるよう導くのである」と主張しています。
こうした和平の提案は、ウクライナの土地を犠牲にして、ロシアに利益を与える非道徳的なものだと批判されがちです。確かに、ウクライナにとっては、ロシアがクリミアを含む全占領地から撤退することが最良の結果でしょう。
ゼレンスキー大統領は11月18日、ロシアとの「停戦協定」案は事態を悪化させるだけであり、「ロシアは今、力を取り戻すための休息として停戦を求めている。このような休息は事態を悪化させるだけだ。真の永続的な平和は、ロシアの侵略を完全打破することによってのみ実現する」と訴えています。
しかしながら、ウクライナのロシアに対する完全勝利には疑問符がついています。アメリカの軍のトップである、マーク―・ミリー統合参謀本部議長は、11月16日、ロシア軍をクリミアなどを含むウクライナ全土から撤退させることを意味する「ウクライナの軍事的勝利が近く起きる確率は高くない」と述べています。同時に、彼は「ロシアが撤退するという政治的解決策が存在する可能性はある」とも示唆しています。
戦争長期化の無視できないコスト戦争が長期化すれば、ウクライナのみならず支援国にも悪影響を及ぼします。第1に、戦争の予期せぬエスカレーションは、ウクライナや西側に甚大な損害を与えるでしょう。前出のミリー氏は、ロシア軍とウクライナ軍の死傷者が、既に、それぞれ約10万人に達しているとの推計を示しています。さらに、ウクライナ難民は1500-3000万人、民間人の死者は4万人とも言われています。
ミリー氏は、第一次世界大戦では早い段階で交渉が拒否されたため人的被害が拡大し、死傷者がさらに増えたことを前提として、「交渉の機会が訪れ、和平の実現が可能なら機会をつかむべきだ」と主張しています。
戦略や戦争の研究で必ずと言ってよいほど引用される、クラウゼヴィッツの「戦争の霧」にも注意が必要です。ロシア軍からのミサイルを迎撃するために発射されたウクライナ軍のミサイルが、誤ってポーランドに落下してしまい、複数の民間人の犠牲者がでました。この事故が示唆することは重大です。
ラジャン・メノン氏(ニューヨーク市立大学)とダン・デペリス氏は、こう警鐘を鳴らしています。
ポーランドで起きたことは、戦争とは本質的に予測不可能なものであり、戦争を起こす側が想定しているよりも、はるかに制御が困難であることを私たちに思い起こさせる。戦争はエスカレートし、銃が発射されたときには戦闘地域でなかった場所にも広がり、想像を絶する経済的影響をもたらすことがある。戦争が長引けば長引くほど、『予期せぬ結果』の法則が働く可能性が高くなる。ウクライナでの戦争は、これを完璧に物語っている。
要するに、ロシアとNATO諸国が衝突を望んでいなくても、意図せざる結果として「第三次世界大戦」は起こり得るのです。最悪の結果は、ウクライナでの戦争が核兵器の応酬に発展することです。これはウクライナだけでなく世界全体にとっても不幸です。