卵の食べ方
卵ほど、食べる量や健康への影響、あるいは調理法について議論されてきた食材は他にないだろう。卵を食べることについては昔から寛容だったボディビル界でも、卵を食べることに異議を唱えていた人はいたのだ。例えば、アイアングルと崇められたトレーナーのビンス・ジロンダは、調理された卵を食べることには100%否定的であった。卵を食べるのであれば、有精卵に限り、しかもそれを生で食べることが体内のアナボリック環境を作り上げるというのが彼の主張だった。
生卵を食べる習慣は国によって異なる。もちろん私も食べたことはあるのだが、生である以上、常にサルモネラ菌などによる汚染を心配しなければならない。もちろん、生卵で食中毒にかかる率はそれほど高くはないかもしれないが、十分な管理がされていたとしても、そのリスクは決してゼロではないのだ。どうしてビンス・ジロンダは、卵を食べるなら生以外はあり得ないと主張していたのか。その理由は、加熱することで卵の中に含まれる健康的な脂質を含む栄養素の大半が破壊されてしまうと考えていたからだ。
卵の場合、軽く加熱するだけでも殺菌ができるのだが卵の加熱調理に反対する人は、栄養素の破壊を心配しているのである。アメリカには、液状になった卵白だけの商品が売られている。パックに入っているので、そのまま牛乳のように必要量を使うことができるのだ。このような商品は100%安全であり、プロテインシェイクや調理などで活用することができる。
ただし、当然ながらこのような卵白だけの商品には、全卵に含まれる栄養素の大半は入っていない。タンパク質の含有量だけを比較しても、卵白と卵黄には大きな差がある。例えば、卵白100gに含まれるタンパク質は10・8gであるのに対し、卵黄には16・4gも含まれているのだ。
それでも、液状卵白をプロテインサプリメントなどに混ぜて活用するのであれば、十分なタンパク質が摂れることは間違いない。また、冷蔵庫を開けてすぐにタンパク質を補給したい人は、液状卵白ならそのまま飲むことができるので手軽だ。卵白を飲むなんて想像しただけで気持ち悪いという人もいるだろうが、実際に飲んでみると、液状卵白として販売されている商品の味は決して悪くない。メーカーもその点は工夫に工夫を重ねているため、調理で使えることはもちろん、そのままでも飲めるようにほぼ無味になっている。
生卵を飲み干すことに抵抗感があるという人の多くは、映画『ロッキー』の印象が強く残っているのではないだろうか。映画の中でロッキー・バルボアは全卵をグラスに入れ、それをゴクゴクと飲み干していた。あのシーンを見て気持ち悪くなったり、生卵を飲むなんてあり得ないと感じた人は多かったのだ。しかし、サルモネラ菌の心配がなければ、生卵を食べることは筋肉や健康づくりにマイナスになることではないのである。
どうしても卵を生で食べることに抵抗を感じるのであれば、スクランブルエッグにして食べてもいい。朝食に3~6個の卵をフライパンで混ぜながら加熱するだけである。難しいことなどひとつもなく、安くて手軽なのに、スクランブルエッグ1品だけで21~42gの高品質のタンパク質を摂ることができるのである。
スクランブルエッグにオートミール、それに果物を加えれば、栄養バランスの良い完璧な朝食になる。難しいことなど何もないので、朝食のメニューに悩んでいるなら試してみるといいだろう。実際、卵6個分のスクランブルエッグを食べるのはそれほど苦にならないが、ゆで卵にして6個食べようとするとなかなかきついものがある。
試してみれば分かるが、スクランブルエッグのほうが量を食べることができるのだ。もちろん、ゆで卵も便利な朝食メニューになるが、たくさんの卵でタンパク質を補給したいなら、ゆで卵よりスクランブルエッグのほうが現実的である。ただ冷めても美味しいかどうかという点ではゆで卵のほうがいいし、1個でも満腹感が得やすいという利点もある。少量で空腹を満たしたいという場合はゆで卵のほうが適しているかもしれない。
全卵のシナジー効果
コレステロールや脂質を含む食材だから、まさか卵で減量できるとは想像できないかもしれない。ところが、卵は減量食として最適だ。ボディビルダーを被験者にしたある実験では、朝食に卵を3個食べたグループと、それ以外のメニューの朝食を摂ったグループ、そして朝食を摂らなかったグループの3つを比較したところ、体脂肪をより多く減らしたのは卵を3個食べたグループだったそうだ。
さらに別の実験では、ワークアウト後に「全卵を使った軽食」を摂った場合の筋発達と体脂肪の減量について調査が行われた。この実験は「アメリカン・ジャーナル・オブ・クリニカル・ニュートリション」誌で発表されたのだが、実験に参加したボディビルダーたちはワークアウト後に全卵3個の食事、または全卵3個と同量のタンパク質を含む卵白のみの食事のいずれかを摂った。その後、被験者たちの筋肉組織が採取され、生検によって筋原線維へのタンパク質合成反応が測定された。タンパク質合成反応は、ワークアウトで受けたダメージから筋原線維が修復される速度を示すものである。
実験の結果、タンパク質合成反応がより高かったのは全卵3個を食べた被験者だった。つまり、全卵3個を食べたボディビルダーはより早く確実に、傷ついた筋線維を修復し、回復することができたのである。傷の修復と回復がより早く行われれば、筋肉はそれだけ早く次のワークアウトに備えてコンディションを整え、結果的に筋量と筋力の両方を増やすことができることを意味している。
この実験では、両グループが摂ったタンパク質量に違いはない。にもかかわらず結果に差が出たことについて、研究者たちは確証を得ることができなかった。ただ、全卵と卵白の内容を比較した場合、全卵には卵白には含まれない必須脂肪酸や豊富なビタミン類など、栄養素の種類も量も高含有されている。そのため、実験を指揮したニコラス・A・バード博士は次のように述べている。
「おそらく、タンパク質以外の食品成分(脂肪、ビタミン、ミネラル)が、アミノ酸の働きをサポートし、それによって全卵のグループは運動後の筋肉の増強反応をより高めることができたのかもしれない」
「フード・シナジー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。つまりは「食の相乗効果」である。全卵は明らかに複数の栄養素がアミノ酸の働きを相乗的に高めていると考えられ、それが今回の実験結果の差につながったと思われる。
筋発達に必要なのはタンパク質だけではないのだ。タンパク質だけで十分ならプロテインパウダーさえあれば事足りるということになる。しかし、実際はそうではない。食材から栄養を摂るということは、様々な栄養素の相乗効果が得られるということであり、それが筋発達を促すのである。