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四万十川に沈下橋はいくつある?
沈下橋が実際に沈むことはある?~地元の識者を直撃しました!
四万十川に沈下橋はいくつある?
「沈下橋ってどこですか?」
観光客の方から、時々こんな質問を受けることがあります。実は過去の筆者もそうでしたが、「沈下橋とは、高知県に1つだけある観光地(東京におけるスカイツリーのごとく)である」と誤解しているパターンです。
本当のところ、四万十川は四国最長の196kmもある川で、そこにかけられている沈下橋は本流・支流を合わせると、実に47本にもなるのです。
支流に行くと、ほんの10mほどの小さな可愛らしい沈下橋も見ることができますが、やはり四万十川らしい風景を見たいならば、本流にかかる大きな沈下橋が迫力満点でおすすめです。特に河口に近い下流エリアの四万十市には、大きくて有名な沈下橋が集中していますので、ぜひお立ち寄りください。
沈下橋が実際に沈むことはある?~地元の識者を直撃しました!
ここで四万十川と沈下橋について、より詳しく知る地元の方にお話を伺ってみたいと思います。
お話を伺った人:田中 全(たなか・ぜん)さん
高知県四万十市(旧中村市)出身。前四万十市長。在任時は四万十川のアピールに努め、四万十市ふるさと応援団を創設し、全国から四万十ファンを集め、TVドラマ「遅咲きのヒマワリ」(フジテレビ)の製作にもロケ地として協力。現在もSNS(Facebook、ブログ)を通じ、四万十に関する情報を発信し続けている。

<田中全さん>
― 沈下橋は地元の方にとってどのようなものですか?
田中さん「四万十川は、かつて舟運がさかんで、木炭、木材や生活物資などを舟や筏で運んでおり、その時代には舟の往来の邪魔になるので、橋はありませんでした。しかし、エネルギー革命がおこり、石油が主要な燃料となってからは木炭が造られなくなり、舟による物流が減ったので、橋を作るようになったのです。それが、昭和30年代以降のことです。 なので、沈下橋は戦後比較的新しいものですが、今となっては四万十川の存在に欠かせないものと感じています」
― 沈下橋が沈むのを私も何度も目撃していますが、そもそもどんなときに沈むことが想定されているのでしょうか?
田中さん「ちょっと雨が多いなと思うとすぐ沈みますよ。最近は高知を直撃する台風は減ったように思いますが、その分それ以外の季節の雨が多くなったと思います。年に3、4回は沈みます」

<これは、通常時の佐田沈下橋>

<増水時の佐田沈下橋>
増水した川が沈下橋を超えると、橋の上でさざ波立っているように見えます。

<橋の上が完全に沈下した佐田沈下橋>

<増水時に橋の手前で車が戸惑っています>
― 川の増水や、沈下橋が沈むことの想い出などありますか。
田中さん「子どものころは、台風が来ると学校が休みになって嬉しかったですね。それに、いったん増水したあとに水が引くと、魚がたくさん釣れたり、採れたりするので、大人も台風が来るとワクワクしている様子でした。この地域の人間は、川と共生しています。道路が冠水したり橋が沈んだりすれば、無理をせずに受け流すのが、普通の対応ですね」
― 市長として沈下橋の管理をしていた際に、大変だったことはありますか。
田中さん「やはり老朽化への対応です。たとえば口屋内沈下橋の補修は足掛け10年かかり、私も関わりましたがなかなか大変でした。1か所直していたら、また違う箇所が壊れてしまったので」

<補修された口屋内沈下橋>
― 沈下橋が愛される理由は何だと思いますか?
田中さん「大きくゆったりと蛇行している四万十川があり、さらに川と人家の間には田畑が広がっています。人の暮らしと密着したのんびりした風景に、素朴な沈下橋が合うのでしょうね。また、下流は川幅が広いので、かなり見ごたえもあるでしょう。増水時に沈む橋は、四万十川以外にも日本各地にありますが、これほど自然と生活に溶け込んだ素晴らしい風景はあまりないと思います。
四万十川はその流域全体が文化庁の指定する『重要文化的景観』となっています。
文化的景観とは、単なる景色や環境の良さではなく、例えば沈下橋・棚田・伝統漁法など、自然と調和し、川とともに発展してきた人々の暮らし、一種の原始的な文化が残っていることが、評価されていることの現れと言えるでしょう」
四万十川と沈下橋の今と昔を知り尽くす田中さん、お話ありがとうございました。