目次
助け合いのあるコミュニティには、制裁もある
安定のためには「ポートフォリオ」の構成が大切
助け合いのあるコミュニティには、制裁もある
少年B:
そこでネットワークの話に戻ってくるんですね。具体的にはどのようにネットワークをつくるべきなんでしょうか。
松永:
アニメ業界では「制作進行とちゃんと関係をつくっておけ」とよく言われますね。まずは振られた仕事をちゃんとこなしていくこと。どの業界もそうだと思いますが、信頼が積み重なると、評判が高まっていきます。
期限を守ってしっかりといいものを作っていけば、制作進行からまた仕事の依頼が来るし、それを積み重ねていけば「○○さんはいい仕事をするよ」って話になって、いろんな会社から引き合いがくるようになります。ライターさんも同じではありませんか?
少年B:
確かに、わたしも納期を守って自分がいいと思える品質の記事を出してきたつもりです。記事を読んだ編集さんが声をかけてきてくれたり、同業者からの紹介で仕事が増えていきましたね……。
松永:
それはもう、ちゃんとネットワークが機能している状況だと思いますよ。だから、特にフリーランスになりたての人にお伝えしたいのは、キャリアの初期こそ、できたネットワークを大事にしてほしいということです。
松永:
面と向かって「代わりはいくらでもいるんだ」って言う発注者はそうそういないでしょうが、内心思っている人もいるだろうし、現実問題として「誰でもいいからあと5人ほしい!」って状況はあると思うんですよ。そういう時に声がかかるフリーランスって、初心者でもしっかり信頼を得られている人だと思うんですよね。
少年B:
信頼を裏切ると、あとが辛いってことですよね……。
松永:
まさにそうです。助け合いのあるコミュニティは、逆に制裁もあるんです。
先ほどのファンクションミュージシャンの例では、仕事をひとり占めしたやつにわざわざ仕事を紹介しようという同業者はいませんよね。じつは、アニメーターのなかにも抜け駆けする人はいます。
少年B:
アニメーターが抜け駆けするって、どういうことですか?
松永:
アニメの仕事は、単価が決まっている場合が多くて、簡単な絵だろうが難しい絵だろうが価格は変わらないんですよ。だから、簡単な絵ばっかりを描いて荒稼ぎするという技があるんですね。こういう人は、業界で「山賊アニメーター」なんて言われてますけど。
少年B:
山賊アニメーター……ワードが強い!!!
松永:
でも、そういうことをしていると、徐々に悪名が広がるわけですよ。スタッフ編成に関わる制作者達のなかで、ブラックリストに入ることもあります。調査の過程で「どんなに切羽詰まっても、あの人にだけは発注しないでください」という声も聞きました。
少年B:
短期的には得かもしれないけど、長期的に見ると損だという。
松永:
長く続いているコミュニティでは「抜け駆けをする人が出たときにどうそれを治めるか」という仕組みができている場合が多いですね。
それでも抜け駆けはゼロにはならないと思うんですけど、「何を抜け駆けと定義して、破ったらどういう制裁をするか」を取り決めれば、ある程度抑えられるとは思います。あとは、「それを破ってでもやる価値があるか」の問題になってくるので。
少年B:
ルール化して、メリットよりもデメリットが上回る状態にするのが大事ってことなのか……。
安定のためには「ポートフォリオ」の構成が大切
松永:
フリーランスのネットワークは、営業にも繋がります。さまざまなプラットフォームもあるけど、安定したコミュニティでよく聞くのは人づてのほうだし、プラットフォームで知り合った人と直に契約をするって話もありますよね。継続的に仕事を得るためには、つながりで仕事を獲得していく。
少年B:
地道なことだけど、「身の回りの人たちを大切にしていく」ってことが大事なんですね。
松永:
そうですね。アニメ業界だともちろん実力ベースという傾向にはあるんですが、実力とは関係ない部分で月給が増えているケースもあります。制作進行が元請けに「この人は子育て中だから」って交渉して、手当が上がっているとか。
少年B:
「ミルク代」ってやつですね。ライターにもくれないかな……(笑)。
松永:
近年アニメの労働問題が話題になりがちですが、賃金云々よりまずこうしたつながりを維持しきれなくなっていることが背景にある気がしますね。最近のアニメは3ヶ月くらいで作品が変わってしまい、数年単位で続く長期の作品が減ってきています。
作品ごとにチームも変わるし、人と人とのつながりが確保しづらい。だから、ちゃんとお互いに意識をしないと関係が切れてしまうという。
少年B:
なるほど……。じゃあ、単発と長期の仕事を選ぶなら、なるべく長期の仕事を受けたほうがいいってことでしょうか。
松永:
それはそうですね。私のやっている労働社会学には「ポートフォリオワーク」という概念があります。
ポートフォリオっていうのは組み合わせって意味なんですけど、フリーランスがどういう仕事を組み合わせて生計を立てていくかという話ですね。
少年B:
はい。
松永:
それで考えると、単発仕事よりは長いほうがいいけど、長い仕事だけというのも、その会社に依存している状態になるのでリスキーですよね。だから、「相対的に長めの仕事がありつつ、ちょくちょく単発の仕事がある」という状況が一番安定していると言えます。
少年B:
それ、まさに今の自分だな、と思いました。Workship MAGAZINEの編集部で定期的に働きつつ、個人でもライターとして活動するという。知らない間に理想の働きかたができていたのか……!
松永:
あと、これは声を大にして言いたいんですが、仕事を取ることも大切なスキルのひとつなんですよね。フリーランスのみなさんはもちろん何かしらのスキルを持っていますが、仕事を取ること自体もスキルとして評価されるべきだと思うんですよ。
真の安定は、長い案件をずっと確保できる状態だと思うんです。でも、「発注側に切られるリスク」を考えると、2、3個単発のものも確保しておいたほうがいいし、すべて長期案件になると、「仕事を取るスキル」が衰えていく危険性があります。
少年B:
なるほど、そういった意味でも組み合わせが大事なんですね……!