目次
アニメーターの世界は「ひとり以上会社未満」
アニメ業界のフリーランスの対等性は、コミュニケーションによって支えられている

アニメーターの世界は「ひとり以上会社未満」

松永:
アニメ業界には、スケジュール通りに番組が放送できるように、進捗を管理をする「制作進行」と呼ばれる人たちがいます。ですが、彼らはアニメーターを集めて、仕事を振り分ける役も担っている場合が多いんです。

この場合、制作進行がネットワークのハブみたいな形になって、アニメーターたちの仕事がちゃんと繋がるように支えています。

少年B:
アニメーターの方々は会社員ではないんですよね……?

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

松永:
会社のスタジオに集まっている働く方が多いですが、あくまで就業形態としてはフリーランスの方が多いです。

ただ、フリーランスのアニメーターの場合、制作会社の規模によっては十数人~数十人規模での仕事になることもあるので、見た感じでは会社感が出ちゃいますよね。ただ会社との違いとして興味深いところでは、指揮や命令感が出るといけないので、発注側も指示っぽいコミュニケーションは徹底して避けていたんです。

少年B:
指示や命令があると、指揮監督関係があるとみなされて、偽装請負になってしまうという問題がありますもんね。

松永:
もちろん法律的にいけないという理由もあるんでしょうが、私が調査してきた現場で見ていて受けた印象では、「最終決定権はフリーランスにある」という規範を守る意識が強いんじゃないかと思いました。

だから、仕事を割り振る担当の人も、アニメーターに対して「やってくれ」と命令的な感じでは言わないんですよね。もちろん「この人がやってくれたほうがいいだろう」って仕事を持っては来るんですけど、アニメーターが断ったら即撤退。あくまでも、仕事を依頼するだけです。

少年B:
そんな仕事のやりかたがあるんですね……! フリーランスと発注元の関係は微妙なバランスの上に成り立っているんだ。

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

松永:
先ほどのファンクションミュージシャンの例もそうなんですが、フリーランスの関係性は一歩コミュニケーションを間違えると崩壊するんです。そこを間違えない人が多いから成り立っている部分もある。

アニメーターの話に戻ると、会社の中で作業中に寝てても起こさないとか、寝ている人宛ての電話が来ても、窓口になっている人は居留守を使うことがあるんですよ。「会社のなかでも、フリーランスがどう時間を使うかは自由だ」という考えですね。

少年B:
おもしろい! そんな世界があるんですね。なんというか、ひとりと会社の中間みたいな感じがします。

松永:
私のイメージもそんな感じですね。こういうチーム体制というか、「フリーランスが場を共有して働く」メリットはいろいろあるんです。

まずは仕事が入ってきやすいということ。そして、数々のリスクを吸収できること、それから、同業の場合はスキルアップにつながることです。フリーランス同士が仕事を教え合える機会は貴重ですから。

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

少年B:
確かに、「こういう時どうすればいい?」って気軽に聞けるのはありがたいですね。教える側としても成長する機会になりますし、場合によっては教える側と教えられる側が逆転することもある……。

松永:
逆に、デメリットになるのは「ひとりでやってる気楽さが失われる」という部分でしょうね。指揮や命令はないにせよ、大人数で集まって働いていると、なんとなく会社っぽさが出てしまうというか。

少年B:
自分もやらなきゃ!って思っちゃいますもんね。ひとりでのんびり気楽にやりたいって人には向かない……。

アニメ業界のフリーランスの対等性は、コミュニケーションによって支えられている

少年B:
おなじフリーランスとはいえ、自分の知っている世界とはまったく違っていて興味深いんですが、なぜこのような微妙なバランスが成立するのでしょうか。

松永:
ひとつは、制作会社によっては企業理念に反映されている場合もあります。アニメ業界の主役はアニメーターで、いわば芸能事務所のタレントのようなイメージで捉えているような会社もあります。だから、企業側もアニメーターが第一。

やりがい搾取だとか、ブラックだとか言われることもあるんですが、会社によってはそうとも言い切れないと私は思っています。

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

少年B:
普通の企業だって、まともなところからブラックなところまで、千差万別ですもんねぇ……。

松永:
そして、もうひとつはアニメ業界の人手不足です。企業はアニメーターを抱えておく必要があるので、つなぎとめることに苦心しているわけです。

もはやアニメ業界は「代わりは誰でもいる」という状況ではないので、いわゆる「元請け」となる企業側が気を使っているんだと思います。一度悪い評判が立ったら、その後発注ができなくなりますから。

少年B:
わたしは前職が建築会社だったんですが、いまは職人が不足しているので、こちらがけっこう気を遣っていましたね。似たような状況なのか……。

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

松永:
最後に、コミュニケーションです。私のやっている労働社会学という分野では、職場で行われている相互行為を細かく分析したりもするのですが、フリーランスの職場を見ていて大事なのは「話し方をひとつ間違えたら壊れるコミュニケーションがどうして成り立っているのか」ということになるんですね。

これは、先ほど話した「指示っぽい言い方は避ける」「受注を強制しない」というような、ある種の対等性を保つためのコミュニケーションが歴史の積み重ねによって形成されている部分も大きいと思います。「業界のなかで研修をしてるわけじゃないけど、ずっとそのようなコミュニケーションが行われてきたから」という話ですね。

フリーランスに必要なのは、ゆるいコミュニティ? アニメ業界に学ぶ生き残り戦略
(画像=『Workship MAGAZINE』より引用)

少年B:
うーん……なるほど。ただ、ライター業はいま人気なので、買い手市場なんですよ。正直なところ、元請けのほうが圧倒的に強いなと感じる場面も多々あります。

わたしのようなフリーライターだと、会社が変わってくれるか、「自分が代えの利かない人材になるしかないのでは?」という印象を受けてしまいました……。

松永:
「実力をつけて切られないようにする」のはひとつの方法論ですが、私はそういった方向性の話はフリーランスという働き方と一般的な雇用の働き方を過度に切り離した考えにつながってしまうので、好きではないですね……。

フリーランスといっても、実力のある人ばかりではないし、最初は誰でも初心者です。だからこそ私は、フリーランス同士のネットワークが大切だと思っています。