こんにちは。

いまだに「アメリカは、ほとんど資金を持っていなくてもアイデアひとつで事業を立ち上げることができるし、成功すれば10億ドル長者、100億ドル長者になることも夢ではない、独立心の旺盛な人間にとって、チャンスが一杯の国」といった神話を言いふらしている人たちがいます。

これが、単純に他人をだますためにウソと知っていて広めているのなら、どこにでもある詐欺ばなしで済みます。

ですが、多くの場合言いふらしている人たち自身が「世界のどこかにそういう夢のような環境があってほしい」という願望をこめて語っているので、ついつい信じ込んでしまう人たちも多いようです。

アメリカはカネ儲けが目的なら簡単だが、事業を成功させるのは至難の国
(画像=f11photo/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

実際に大儲けするのは、陳腐なアイデア

アメリカは「まだ誕生して間もないけれども、このアイデアを宣伝すれば投資家から多くの資金を引き出せるかもしれない」という企業の卵を上場させるための金融の仕組みは、たしかに非常に充実しています。

かなり昔から未上場株ファンドという、まだほとんど営業実績も出ていないような企業を上場させることを目的として資金運用をしているファンドもたくさん存在しています。

最近では、まだどういう企業を買収するかも決まっていない言わば「空箱」のうちに、主宰者の眼力を信じた投資家から資金を募っておいて、その後時流に乗った「有望な」買収対象を決めます。

そして、買収したら買収された側の企業名を名乗って上場にこぎつけるまでの一切合切を引き受ける、特別買収目的会社(Special Purpose Acquisition Company、SPAC)という業態のファンドも続々と出てきました。

また、株式市場でかんたんに売り買いができる上場投資信託(Equity Traded Fund、ETF)の中にも、時流に乗って雨後のタケノコのように続々登場する「有望分野」の二番煎じ、三番煎じの企業群を丸抱えにしたようなものが多くなっています。

こうした新興企業を上場させることに最大の精力を注ぐ投資家グループ全体をベンチャーファンドと称して、何かしら画期的な新事業に挑む意欲に溢れた冒険家たちのように誉めそやす風潮があります。

ですが、その「画期的なアイデア」の多くが、大勢の「起業家」たちが我も我もと飛びこんでいく流行のまっただ中にある、ありきたりで陳腐なアイデアなのです。

本当の意味で独創的で「こういう会社があったらすばらしい」と思えるような企業を立ちあげるための苦労や経費は、おそらく日本で同じことをするよりはるかに大きくなるでしょう。

そのまじめな起業家たちが直面する艱難辛苦の数々をご紹介する前に、どういう分野に「起業家」も投資家も群がるかを示す例を挙げていきましょう。

実績に比べて異常に過大評価されていたEV業界

まず、「二酸化炭素排出量ネットゼロが実現したら、世界中の自動車が全部電気自動車(EV)になる」という思惑から、売り上げ台数では1~2%のシェアしかないのに、一時時価総額では内燃機関(エンジン)車メーカートップ10社の合計額より大きくなってしまったテスラが君臨するEV業界です。

アメリカはカネ儲けが目的なら簡単だが、事業を成功させるのは至難の国
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

左上の二コラという社名だけでもおわかりいただけるように、テスラのあとの二匹目、三匹目のドジョウを狙った意図が明白です。

イーロン・マスクは世界の自動車市場の勢力図を一変させようと、完全電気動力そして完全自動運転の自動車開発を試みているという意味で、それなりに評価のできるdisruptor(秩序破壊者)です。

トーマス・エジソンほど自己宣伝はうまくなかったけれども、ずっと多くの独創的な発明をしてきた二コラ・テスラという天才的な科学者・発明家の姓を社名にしているところにも、その意気込みが感じられます。

ですが、大型トラック分野でEV化の先頭に立つと自称していたトレヴァー・ミルトンは、自分が創業した企業の社名からして「マスクが姓を取ったから、自分はファーストネームの二コラを取る」というぐらい、独創性のない人間です。

「完全電動の大型トラックの走行実験に成功した」と称して流したビデオクリップが、じつは緩やかな下り坂を後ろから押している人間の力で「走行」していたことがわかって、信用は地に落ちました。

それでも、2020年の初夏にかなり大量の持ち株を売り抜けたミルトン自身はちゃっかり10億ドル長者になり上がっています。

ロミオ・パワーやクァンタム・スケープにいたっては社名以外、いったいどこに特徴があるのかさえ定かではないEVメーカーです。

ファラデー・フューチャーは、マスクやミルトンが二コラ・テスラから社名をいただいたのに対抗して、やはり優れた物理学者で多くの法則を発見したマイケル・ファラデーを社名にいただいたわけです。

ただ、音で聞くと「ファーラウェイ・フューチャー(EVが実用化できるのは遠い将来のこと)」という自嘲ギャグにも聞こえるところが評価されたのか、やや値持ちがいいようです。

もちろん肝心なのは、上場にこぎつけたファンドや証券会社、そして創業者にとっては、吹き値をしたときに大量に持ち株を放出していれば大儲けはできていたということです。

しかし「旬」の期間はおそろしく短かったので、「有望株」とのうわさを聞き付けた個人投資家が買ってから高値で売り抜けるチャンスは、ゼロに近かったでしょう。

EV業界は、たったの一度も営業利益を出したことがないとか、まだ製品が市販されたことがないとかの企業でも、未上場株ファンドやSPACに見出されて上場にこぎつければ創業者自身は10億ドル長者になれる場所です。

だからこそ、トレヴァー・ミルトンのようなペテン師が寄ってたかって似たような企業を立ち上げているのです。

事業計画に独創性はまったく必要ありません。むしろ、なまじ独自性を打ち出すと、二コラのように明らかな詐欺としかいいようのない「創意工夫」をしなければならなくなります。

「Me, too(私も)」と手を挙げるだけで、運よく手広くカモを捕まえることの得意なベンチャーキャピタルとめぐり逢えば巨万の富を得られるという意味では、ひたすらカネ儲けがしたい人にはおあつらえ向きの業種と言えるでしょう。

全体として、堅実に長期にわたる成長を達成する企業は1社も存在しない、業種自体があだ花で終わる危険も非常に大きな業界です。