事業用自動車事故の原因究明と責任追及についての制度上の問題
現在、長野地裁で行われている本件事故の刑事裁判で前提とされている事故原因は、上記のように多くの疑問がある。しかし、公判での最大の争点は、その事故原因を前提とする被告人らの「予見可能性」であり、事故原因に対する疑問について裁判所の判断が示される可能性は低い。
将来への希望に胸を膨らませていた大学生など多くの若者達の生命が奪われ、生存者も深い傷を負った、この悲惨な重大事故の真の原因究明は、遺族・被害者の方々はもちろん、社会全体が強く求めるものだ。これまで述べてきた多くの疑問に蓋をして、このまま終わらせてよいのだろうか。
事故車両が保存されているのであれば、今からでも調査できることはあるはずである。これまで述べてきたような疑問点を解消するため、「三菱ふそう」とは無関係な第三者の専門家が中心となって、車両の詳細な検証など、事故原因の再調査を行うべきである。
本件事故についてこれまで指摘してきたことからすると、バス事故の原因究明と責任追及の在り方については、制度上大きな問題があると言わざるを得ない。
事故原因の解明にとって重要なことは、想定される事故原因について、責任追及を受ける可能性がある当事者には関わらせず、客観性が担保された体制で調査が行われることだ。
軽井沢バス事故については、車両を製造した「三菱ふそう」の整備工場で検証が行われ、ブレーキの不具合等の車体の問題の解明の「客観性」が阻害され、「運転ミス」という人的要因の方向に偏った原因の特定が行われていった。同じ「三菱ふそう」製のバスで発生した白老バス事故についても、「三菱ふそう」が事故車両の車体の検証に関わり、警察、検察は運転手の過失責任を問おうとしたが、刑事公判で、事故原因が車両の側にあったことが明らかになった。
いずれも、当事者ともいえる「三菱ふそう」が事故原因究明に関わったこと自体に重大な問題があり、それが、特定された事故原因に対する不信の原因となっている。そこには、本件事故のような事業用自動車の重大事故の原因調査に関する制度的な問題がある。
「事業用自動車事故」は「運輸安全委員会」の対象とされていない
鉄道事故・航空機事故・船舶事故については、2008年に、航空・鉄道事故調査委員会と海難審判庁の調査部門が改組・統合され、国家行政組織法第3条に基づく独立行政委員会として「運輸安全委員会」が設置されている。職権の独立が保障され、独自の人事管理権が認められたほか、事故原因の関係者となった私企業に対しても直接勧告できるなど、権限が強化された。調査についても、法律に基づく強制権限が与えられている。
ところが、自動車事故は、本件のような「事業用自動車事故」も含めて「運輸安全委員会」の対象とはされていないため、法的根拠に基づかない「事故調査委員会」が監督官庁の国交省の業務に関連して設置されるだけだ。独立機関による事故調査対象の範囲に関しては、かねてから、米国のNTSB(国家運輸安全員会)などのように道路交通事故の一部などについても含めるべきとの指摘があり、2008年の運輸安全委員会設置時にも議論されたようだが、実現には至らなかった。
軽井沢バス事故でも、白老バス事故でも、警察の判断で、車両を製造したメーカー側で事故車両の検証が行われ、事故原因が車両の問題ではなく運転手の運転操作にあったとされた。多数の死傷者を発生させる可能性のあるバス等の事業用自動車による事故も、客観性が担保された体制で、十分な権限に基づいて原因調査が行うことが必要であり、「運輸安全委員会」の調査対象に含めることを真剣に検討すべきである。