「2005年の三菱ふそう大型バス等リコール」との関係

さらに、同自動車エンジニアの方が指摘するのが、2005年に三菱ふそうが行ったブレーキの不具合についての【リコールの届出】との関係だ。本件事故車両も、そのリコールの対象であり、「改善措置」が適切に行われていたのか確認が必要との指摘である。

このリコールというのは、

制動装置用エアタンクに圧縮空気を供給するパイプ(エアチャージパイプ)の強度が不足しているため、車体の振動等により当該パイプに亀裂が発生するものがある。そのため、そのままの状態で使用を続けると、当該パイプからエアが漏れ、最悪の場合、制動力が低下するおそれがある。

という不具合について、三菱ふそうが、国土交通省に届け出たものだ。

改善措置は、

全車両、当該パイプ、パイプ取付金具及び固定金具を対策品と交換する。

また、対象車のメンテナンスノート・整備手帳に、当該固定金具を1年又は2年毎に交換する旨のシールを追加する。

とされている。

しかし、リコールであるにもかかわらず、対策用の部品は1〜2年交換という暫定対策とされている。「交換をお願いするステッカー」を貼るだけの対策であるため、中古購入後に部品を交換していない場合には、制動力不足が発生した可能性がある。

もし、このような制動装置の部品の不良が事故原因に影響していたとすると、三菱ふそうのリコールの際の改善措置と事故の関係が問題になる可能性がある。

三菱ふそうの整備工場で行われた検証では、リコールの改善措置の対象となった部品の不具合による制動力不足の可能性について、十分な確認が行われたのであろうか。

本件事故と同時期に問題化していた「北海道白老町バス事故」

上記のような、事故車両の検証自体への疑問に加えて、「三菱ふそう」という自動車メーカーには、車両の不具合やリコールに関して重大な問題を起こした過去があり、そのような企業を事故車両の車体の検証に関わらせることの妥当性について、特に疑問がある。

「三菱ふそう」という会社は、2000年にリコールにつながる重要不具合情報を社内で隠蔽している事実が発覚し、長年にわたって、運輸省(現国交省)に欠陥を届け出ずにユーザーに連絡して回収・修理する「ヤミ改修」を行ってきたこと、それにより死傷事故が発生していたことが明らかになって、厳しい社会的批判を浴びた「三菱自動車のトラック・バス部門」が分社化されて設立された会社だ。

分社化されて「三菱ふそう」となった後の2004年には、2000年のリコール隠しを更に上回る74万台ものリコール隠しが発覚。同年5月6日、大型トレーラーのタイヤ脱落事故で、前会長など会社幹部が道路運送車両法違反(虚偽報告)、業務上過失致死傷で疑捕・起訴され、有罪判決を受けた。

しかし、その後も、2012年には、2005年2月に把握していた欠陥を内部告発されるまでリコールしなかったことが発覚するなど、リコールを回避して「ヤミ改修」で済ませようとする安全軽視の姿勢が、長年にわたって批判されてきた。

しかも、ちょうど本件事故が発生した頃は、2013年8月に北海道白老町の高速道路で発生した同社製の大型バスの事故で運転手が運転を誤ったとして起訴された業務上過失致傷事件の刑事公判が、重要な局面を迎えていた。

「突然ハンドル操作不能に陥った」として「車両が事故原因だ」とする被告人の無罪主張に対して、事故車両を製造した「三菱ふそう」の系列ディーラーの従業員は、事故後に同社の整備工場で行った車両の検証結果に基づいて、

「ハンドルの動力をタイヤに伝える部品に腐食破断が認められるが、走行に与える影響は、全くないか軽微なものに過ぎないから、事故原因は車両にはない」

と述べて、「事故原因は運転手の運転操作によるもの」との検察の起訴事実に沿う証言をした。

その証人尋問が実施されたのが2016年1月14日、その日は、奇しくも、軽井沢バス事故を起こしたバスが、多くの若者達を乗せて、東京・原宿を出発した日だった。

この白老町のバス事故では、その後、弁護側鑑定など、真の事故原因を明らかにする弁護活動が徹底して行われた結果、「事故原因は車両にあり、運転手には過失はない」として、無罪判決が出された。

弁護人からは、三菱ふそうの従業員の虚偽供述のために不当に起訴されたとして「三菱ふそう」に損害賠償を求める民事訴訟に加えて、検察官の不当な起訴に対する国家賠償請求訴訟が提起され、国家賠償請求訴訟では、検察官の起訴の過失を認める一審判決が出されている。

この事故に関連して、2016年7月には、国交省が、事故車両と同型のバスで「車体下部が腐食しハンドル操作ができなくなる恐れがある」として使用者に点検を促し、その結果1万3637台中805台で腐食が発見されていたことが分かったため、2017年1月に、805台について「整備完了まで運行を停止」するよう指示が出され、三菱ふそうは、同年2月にリコールを届け出た。

本件の軽井沢バス事故の事故車両も、このリコールの対象車両だった。(もっとも、本件事故では、白老バス事故のような部品の腐食によるハンドル操作不能が問題になっているわけではない。)

本件事故が発生し、事故原因の究明が行われていた2016年から2017年にかけての時期は、「三菱ふそう」にとって、同社製の大型バスによる白老バス事故の原因が車両にある疑いが強まり、対応に追われている時期だった。しかも、白老の事故については、刑事公判での「事故原因は車両にはない」とする同社側の証言に「偽証の疑い」まで生じていたのである。

このような時期に、本件の事故車両は、「三菱ふそう」の整備工場に持ち込まれて、車体の検証が行われた。そして、その検証開始直後から、警察の事故原因の見方は「運転手のミスで、ギアがニュートラルのまま速度が制御できない状況となり、事故に至った」というストーリーで固められていった。マスコミも、そのストーリーに沿う報道を行い、ブレーキの不具合の可能性が指摘されることはほとんどなかった。そして、事故調査委員会の調査結果も、警察の事故原因捜査を後追いする形で取りまとめられ、公表された。