警察の事故原因特定に対する疑問

警察が、「ブレーキの不具合」を否定した根拠は、「事故の検証でブレーキに不具合が発見されなかったこと」に加えて、事故現場手前に残る2カ所のバスのタイヤ痕が「ブレーキ痕」だとする科学捜査研究所の鑑定結果だ。

2016年1月30日の【タイヤ痕は「ブレーキ痕」】と題する毎日新聞記事は、

捜査関係者によると、現場直前にある右車輪だけのタイヤ痕と、さらに約100メートル手前の車体との接触痕が残るガードレール付近にある左車輪のタイヤ痕を詳しく検証。どちらもタイヤパターンが読み取れるものの筋状にこすれるなどしており、フットブレーキを踏んだ際の摩擦で付いた痕跡と判断した。高速で車体の荷重が偏ったまま曲がる際にも同様の痕跡が付くとの指摘があるが、捜査関係者は「現場のカーブの角度では可能性は低い」とみている。

と報じている。

このようなタイヤ痕が「ブレーキ痕」だとする見方が、その後、科捜研の正式の鑑定書の内容とされ、刑事公判での証拠とされているものと思われる。

しかし、事故直後の報道では、現場検証を行った警察は、居眠り運転やフットブレーキの踏み過ぎによる「フェード現象」などを想定していたようであり、むしろ、「フットブレーキでの制動が働かなかった」と見ていたように思える。

多数の死傷者が出た重大事故であるだけに、事故直後の事故現場の検証も相当入念に行われ、現場のタイヤ痕から得られる情報を、警察の現場なりに推定しつつ、捜査が進められたはずだ。その時点では、現場のタイヤ痕は「フットブレーキが機能した痕跡」とは見られていなかったということだろう。

事故直後、国交省の依頼で、事故車両の走行状況を記録した監視カメラの映像や、事故現場の道路を撮影した写真等を解析した日本交通事故鑑識研究所の見解でも、

転落直前の路面に残ったタイヤ痕は「遠心力を受けながら右に横ずれしていく時、車体右側のタイヤが残した跡に見える。運転手はフットブレーキを使っていなかった可能性がある

とされていた(1.21 信濃毎日)。

ところが、その後、自動車評論家の国沢氏などからブレーキの不具合の可能性が指摘されるや、それを打ち消すかのように出てきたのが、タイヤ痕が「ブレーキ痕」だという話だった。

上記の毎日新聞の【タイヤ痕は「ブレーキ痕」】と題する記事では、

乗客・乗員15人が死亡した長野県軽井沢町のスキーツアーバス転落事故で、現場手前の「碓氷(うすい)バイパス」に残る2カ所のバスのタイヤ痕について、県警軽井沢署捜査本部が「ブレーキ痕」とみていることが捜査関係者への取材で分かった。死亡したT運転手(65)が少なくとも2度フットブレーキを踏んだが十分に減速できなかったことを示している。

事故が29日に発生から2週間を迎えた中、捜査本部は、運転手が大型バスに不慣れだったことが事故につながったとの見方を強めている。

などと、事故現場周辺のタイヤ痕がブレーキ痕であることが判明して「運転手が大型バスの運転未熟のために操作を誤った」という警察のストーリーが裏付けられたかのように報じられている。

しかし、私が記事検索を行った範囲では、この頃、「ブレーキ痕」について報じたのは同記事だけであり、地元紙も含め他の記事は見当たらない。

そして、それから約1年半後、長野県警の書類送検の2日後に公表された【事故調査委員会報告書】では、事故現場付近のタイヤ痕については、

センターライン付近からガードレール付近まで続くタイヤ痕は、遠心力により右側タイヤに荷重が偏り、かつ、同タイヤが横方向にずれたためにその痕が濃く付いたものと推定される

と書かれ、タイヤ痕は車体の傾きによって生じたものとされており、「ブレーキ痕」とは一切書かれていない。

事故調査委員会報告書は、事故原因について警察の捜査結果を参考にした上で取りまとめられたものである。同報告書で、事故現場付近の道路上のタイヤ痕が、事故時にブレーキが有効に機能していたことの根拠とされていないのは、事故調査委員会としては、タイヤ痕が「ブレーキ痕」であることに疑問を持っていたからだと考えられる。

このような経過からも、やはり、「事故時のブレーキの不具合の発生」を否定する根拠が果たして十分なのか、疑問が残ると言わざるを得ない。

事故調査委員会報告書に対する自動車エンジニアの疑問

もし、「事故時にブレーキが効かなかった」のが事故原因だとすると、その直前まで安定走行ができていたのに、碓氷峠の下り坂に至って、突然、ブレーキが効かなくなったのはなぜか、という点が問題になる。そこで想定される原因の一つが、「エアタンク内に水が溜まり、エアブレーキ系の配管が凍結した」という国沢氏の指摘だ。

このような指摘は、事故調査委員会でも把握していたようであり、報告書では、

ブレーキ用エア配管は車体内部に配管されており、外気にさらされていないことや、事故後、後輪ブレーキ用エアタンクからの水分の流出はなかったことから、ブレーキ用エア配管等の内部での凝結水の凍結によるブレーキ失陥が生じてはいなかったと考えられる。

とされている(55頁)。

このような報告書の内容に関しては、私のところに、事故原因に関する見解を寄せてくれた自動車エンジニアの方が、次のような疑問を指摘している。

大型バスの一般的な構造からすると、ブレーキ用エア配管全体が車体内部に配管され、外気にさらされていないというのは考えにくく、タンクより先の様々なバルブ類、ブレーキ本体部品の解体を行って確認しなければ、凍結の原因となった擬水の有無はわからないのではないか。

コンプレッサにより加圧された、水分を含んだ圧縮空気を乾燥させるエアドライヤと呼ばれる装置のメンテナンスが行われていたかも確認が必要で、不具合が有った場合は、水分や油分がエアブレーキのシステムに悪影響を及ぼしていた可能性も考えられる。

ブレーキライニングの分解確認だけでは、ブレーキの不具合の有無は判断できないのではないか。

三菱ふそうの整備工場で行われた本件事故車両の「ブレーキの不具合の有無」に関する検証は、上記のような疑問に答えられるだけものだったのだろうか。