重大事故の処罰を「個人」から「事業者」中心に転換

そこで、運転手・船長等の事故の直接の当事者等、事業者の役職員を行為者として、業務上過失致死罪が成立する場合に、「両罰規定」によって事業者の刑事責任が問えるようにしようというのが、「組織罰」の導入だ。

現行法の両罰規定とは、

「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は財産に関して、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、当該各号に定める罰金刑を科する。」

という規定であり、特別法の多くの罰則に設けられている。

事業に関する死亡事故について、業務上過失致死傷罪を刑法から切り出して、両罰規定を導入する特別法を制定してはどうか。この場合、事業者に対する罰金額の上限は、その事業規模に応じて、経営に打撃を生じ得るほど高額に設定する。

現行の両罰規定の法人等の責任の根拠は、「行為者に対する選任監督上の過失」とされており、その過失がないことを法人等の側が立証すれば免責される。業務上過失致死罪の両罰規定についても、行為者の過失行為に関して十分な安全対策を行って事故防止義務を尽くしていたことを事業者側が立証した場合には免責されることになる。

これにより、事故の刑事責任の追及を、「個人」から「事業者(多くの場合法人)」に転換できることになる。運転者等の直接の当事者が死亡している場合には、当該行為者個人は処罰の対象にならない。その個人についての犯罪成立は、事業者の刑事責任を問う前提になるだけである。その行為者個人が、刑事公判で業務上過失致死傷罪の成立を争うことがないので、犯罪の成否についての判断基準も、従来より緩やかになることが期待できる。運転者が生存している場合も、両罰規定による法人事業者の処罰が主眼となるので、過失行為者は、捜査に全面協力し、事故に至る経緯で、事業者側の安全対策の不備、杜撰さ、会社上層部からの指示の内容等についても、詳しく供述することを条件に、寛大な処分を行うことが可能となる。さらに、「日本版司法取引」の対象罪名に加えることができれば、そのような行為者の処罰の取り扱いが容易になるだろう。

「組織罰」が導入されていた場合の過去の重大事故での処罰

このような法律が制定されていれば、過去の重大事故でも、法人事業者に罰金刑を科すことが可能だったと考えられる。

福知山線脱線事故では、事故当時の社長を検察が起訴し、歴代3社長が、検察審査会の起訴議決によって起訴されたが、いずれも無罪判決が確定しており、現行制度の下では、刑事責任追及は行えなかった。しかし、事故の状況と事故原因は事故調査報告書によって明らかになっている。業務上過失致死傷罪に両罰規定が導入されていれば、運転手が死亡していても、「車掌との電話に気を取られ、急カーブの手前で減速義務を怠った」という過失で、運転手についての業務上過失致死傷罪の成立が立証できる可能性がある。

そして、「そのような運転手の過失による事故を防止するために、JR西日本が十分な安全対策をとっていたか否か」が刑事裁判の争点となり、JR西日本が、「事故防止のための措置が十分だった」と立証できないと、法人としての同社に対して罰金の有罪判決が言い渡されることになる。

軽井沢バス転落事故でも、業務上過失致死傷罪の両罰規定が導入されていれば、「エンジンブレーキをかけることなく加速して、制限速度を大幅に超過した状態で、漫然と下り坂カーブに突入した」との過失で、死亡した運転手に業務上過失致死傷罪が成立するとして、運行会社に両罰規定を適用して起訴することができる。その場合、会社側の安全対策が十分であったことを立証しなければ罪を免れることができない。運転技術が未熟な運転性に対して教育を行うなどの安全対策を十分に講じていなかったことで、会社が有罪となる可能性が高い。

重大事故の遺族の方々が、実現を求めて必死に活動を続けている「組織罰」、つまり「業務上過失致死傷罪への両罰規定」の導入を、今こそ、真剣に検討すべきである。