大分類では医療健康ロビーが突出
もちろん、医療ヘルスケア全体の企業や業界団体の献金額を全部集めれば、大分類として2位位以下を大きく引き離したトップに立ちます。
ご覧のとおり、ハイテク・バブル崩壊からの影響はまったく受けず、国際金融危機でもほんの少しへこんだだけで、順調に伸びつづけています。ちなみに大分類で2位に入ったのが、エネルギー・天然資源産業の3億1626万ドルですから、2位の2倍を超える金額を政治家たちにばら撒いているわけです。さらに、この大分類から病院・介護施設といったサービス施設と、医師会・看護師会・歯科医師会といった職能団体をのぞいた製造業関連だけの中分類に当たる製薬・健康用品産業だけでも、大分類第2位のエネルギー・天然資源産業より大きいのです。
この中分類には、日本で言えば衛星放送の深夜とか早朝のCMで次から次に放映される、効能の怪しげな健康用品の製造販売に当たっている企業群もふくまれています。アメリカは訴訟社会なので、あまりうさん臭い健康用品は大規模な損害賠償請求訴訟が怖くて売れないのではないかと思いがちですが、ちゃんとしかるべきところに献金をしておけば、責任逃れができる仕組みも確立されています。先ほどの研究開発主体の一流企業ばかりではなく、医薬部外品とか、特許の切れた他社が開発した薬品の成分をそっくりまねて造ったジェネリック(後発品)まで入れた製薬業産業全体の献金額は、以下のとおりでした。
すぐ上のグラフと比べて見ると、最近では製薬産業の献金は横ばいで、むしろ健康用品産業のほうが順調に伸びていることがわかります。社会全体が高齢化する中で、藁にもすがりたい気持ちで健康用品を買う人たちが増えているということでしょうか。あらためて生への執着を感じさせるデータです。もちろん、製薬産業よりは低めですが、病院・介護施設という中分類も安定した水準を維持しています。
また、大分類としては金融や不動産と一緒にくくられることになりますが、アメリカで中分類としての保険業界の中で注目しておくべきは、健康保険業界の力が強いことです。
オバマの国民皆保険化は戦わずして負けていた
生命保険、損害保険などをふくむ保険業界は、製薬産業とほぼ同じ規模のロビイングをしています。
しかし、その中でご注目いただきたいのは、生命保険や損害保険に比べて健康保険専業、あるいは健康保険を主業務とする企業による献金額の大きさです。
2期8年にわたったバラク・オバマ政権の公約の中で、私が唯一「これが達成できれば大統領として高く評価してもいいな」と思っていたのは、国民全員を対象とする健康保険制度の確立でした。ところが大統領就任直後から目玉政策として推進したにもかかわらず、8年かけてもほとんど進捗せず、トランプ政権下でほぼ全面撤回となりました。保険業界の献金額トップ3を健康保険を主業務とする企業や団体が占めているのを見ると、そもそも実現は不可能に近い公約だったとわかります。現状では契約者の懐具合に合わせてなるべく利益率の高い保険を提供できる企業にとって、国民皆保険制度への移行は、基本契約は一律で上積み分だけが利益率のいい業務という大減益要因となるからです。こうした健康保険会社からの献金で、「国民皆保険にすると患者が医師を選ぶ自由さえなくなる」といったデマまで飛ばして、必死に現行の「自由契約」制度を守ってくれる政治家が大勢いるのですから、しょせん無理だったのです。
そして、なぜアメリカでは事業内容自体にはあまり規模の経済が働かないような業種でも、ほとんどあらゆる産業分野に1~3社突出した規模の大企業が現れることが多いのかもわかります。
事業内容には規模の経済は働かなくても、政治家を動かして自社に有利な法律制度をつくらせることにかけては、非常に大きな規模の経済が働くからです。
なかなかリーズナブルな価格できちんと必要な医療サービスが受けられるように保証してくれる健康保険が存在しないことから生まれたニッチ産業が、「医療友の会」だと言えるでしょう。
毎月定額の料金を支払っていれば、必要に応じて医療サービスが受けられる、言わば医療サブスクリプション事業です。
ただし、医療機関を選ぶことはできず、運営主体の指定したところに行かなければならないので、かなり当たり外れがあるようです。
また、ふつうの健康保険に比べてとくに治療を必要とする疾患なしで日常生活を送れる人にとってはかなり割高な制度にもなっています。
でも、とにかく命には替えられないということで、アスレチックジムなどのヘルスケア産業と「医療友の会」を一括した分野が、医療健康関連でいちばん順調に伸びています。
こうして、人の命を守るという本来であれば崇高なはずの仕事が、「どこにどれだけカネをつかませれば、効率よく好収益の事業にできるか」という発想一色に染め上げられてしまったのが、現代アメリカの医療健康産業複合体だと言えるでしょう。