<トップ画像:献上加賀棒茶の茶茎>
日本茶は大きく3つに分かれます。
抹茶と煎茶とほうじ茶。細やかな茶葉を粉末にしてそのまま口にする鮮烈な味の抹茶。蒸して揉んでつくるコクのある煎茶。その煎茶を原材料とし、焙煎して作られるマイルドで味わい深いほうじ茶。石川県の加賀でお茶といえばほうじ茶、その中でも棒茶を意味します。
「献上加賀棒茶」は、一番摘みの"茎"を焙煎して作られたほうじ茶です。(丸八製茶場のお茶の説明より引用)
ほうじ茶は抹茶や緑茶に比べると下に見られる傾向があるかもしれません。
これは、ある出来事をきっかけに、長きにわたる苦労の末、これまでのほうじ茶の常識を塗り替えた製茶場の物語です。

目次
昭和天皇へのお茶の献上
それまでのほうじ茶の常識
お茶業界への挑戦
起死回生策
当時の社長が愚直なまでにやり続けたこととは
献上加賀棒茶の栄養成分
最後に
昭和天皇へのお茶の献上
昭和58年、昭和天皇が石川県での第34回植樹祭でこの地へ訪れた時、丸八製茶場にお茶の提供を依頼する声がかかったそうです。
「天皇に献上するなら、庶民的なほうじ茶ではない方が良いだろう」と当時の社長は、初め緑茶を献上しようとしましたが、ご高齢であった昭和天皇は緑茶が飲めず、ほうじ茶がお好きだったそうで、それでほうじ茶を作っている丸八製茶場に「美味しいほうじ茶を」と依頼があったようでした。
「せっかく献上するなら、良い茶葉の茎を使ってほうじ茶を作ろう!」当時の社長は決心しました。
それまでのほうじ茶の常識
ほうじ茶は緑茶に比べると、下級品に見られがちなお茶です。
抹茶や玉露こそが最高の日本茶。棒茶はあまり原材料にこだわることなく作れる庶民の味。それが常識でした。
丸八製茶場も例にたがわず、ほうじ茶をいかに安く作って売るかに腐心していました。
安く作るためには原材料費を抑えなければなりません。中国や台湾から安い茶の茎を大量に仕入れて、薄利多売で売っていました。当時はほうじ茶200gを198円で安売りしていました。
「安く作って安く売る」という考え方が当たり前だった一方で「このままでいいのか、このやり方では将来、ほうじ茶では商いが成り立たなくなるのではないか?」という危機感も持っていました。