原書との照合

念のために仏語版と独語版の原書を北海道大学中央図書館から借りだしてチェックすると、日本で刊行されてきた翻訳書の定訳では ‘la coopération’ や ‘der Kooperation’ は「協業」、フランス語の ‘le sol’ は「土地」、 ‘la possession commune’ が「共同占有」であった。また、ドイツ語 ‘des Gemeinbesitzes der Erde’ が、「土地の共同占有」と翻訳されてきた。

第1巻の末尾まで、マルクスは土地や労働による生産を通しての「資本の蓄積」と「本源的蓄積過程」を詳しく論じて、第3巻第6篇では「地代論」を展開しているのだから、ここでの ‘le sol’ や ‘der Erde’ は斎藤訳の「地球」ではなく「土地」のほうが文脈に合っている。

また、 ‘la possession commune’ も ‘des Gemeinbesitzes’ も「コモンとして占有」ではなく、「共同占有」が無難であろう。社会科学の文献研究であれば、自説補強のための独自の翻訳は当然だとしても、数十年間流布してきた先行研究成果との比較の責務があるのではないだろうか注17)。

コモンの拡張だけでは「資本主義の超克」にはならない

そして結論としては脱資本主義論の文脈で、「<コモン>は専門家任せではなく、市民が民主的・水平的に共同管理に参加することを重視する。そして、最終的には、この<コモン>の領域をどんどん拡張していくことで、資本主義の超克を目指す」(斎藤本:142)とされた。

しかし、事例とされた自治体の<コモン>は地産地消の類であり、原材料の入手、製造機械の購入維持管理、商品流通、資金調達などはすべてグローバル資本主義の枠内にあるため、「資本主義の超克」の論理にはなり得ていないと考えられる注18)。

(次回:「脱炭素と気候変動」の理論と限界④に続く)

文・金子 勇

注15) EV化については国際環境経済研究所WEB連載(その3)で触れている。

注16) フランス語版『資本論』では、第8篇第32章の末尾になる。

注17) なお、より詳しい『資本論』原典との照合については金子(2022)を参照してほしい。

注18) 「資本主義の超克」はソ連解体後のどの国でも行っていない「革命的変革」である。しかし、「革命的変革は、少なくとも、われわれの観念(思想)を変えること、われわれが心に抱いている信念や偏見を捨て去ること、さまざまな日常の快適さや権利を断念して何らかの新しい日常体制に自己を従わせること、われわれの社会的・政治的役割を変えること、われわれの権利、義務、責任を割り当てなおすこと、われわれの行動様式を変更して集団的ニーズと共同の意志によりよく適合させること、こうしたことなしには不可能である」(ハーヴェイ、2011=2012:309)。このハーヴェイの包括的な指摘を繰り返しかみしめておきたい。

【参照文献】

  • Harvey,D.,2011,The Enigma of Capital and The Crises of Capitalism, Profile Books.(=2012 森田成也ほか訳『資本の<謎>』作品社.
  • 長谷川公一,2021,『環境社会学入門』筑摩書房.
  • 金子勇,2021-2022,「二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析」(第1回-第7回)国際環境経済研究所WEB連載.
  • 金子勇,2022,「自然再生エネルギーの『使用価値』と『交換価値』」神戸学院大学現代社会学部編『現代社会研究』第8号:近刊予定.
  • Marx,K,(traduction de Roy)(1872-1875)Le Capital,Maurice Lachatre et Cie ,Paris.(=1979 江夏美千穂・上杉聴彦訳『フランス語版資本論』(上下)法政大学出版局).
  • Marx,K,1867=1973,Das Kapital,(=1980 鈴木鴻一郎責任編集『マルクス エンゲルスⅠ Ⅱ 世界の名著54 55』中央公論社).
  • Poincaré,H.,1906,La science et l’hypothèse.(=2021 伊藤邦武訳『科学と仮説』岩波書店)
  • Poincaré,H.,1914,Dernières pensées.(=1939 河野伊三郎訳 『晩年の思想』岩波書店).

文・金子 勇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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