各国の対策動向

アメリカ

米国は1988年と早期から、新たなデブリの発生を最小限に抑えることを主としたデブリの対策を始めています。1995年には、安全標準「NSS1740.14:軌道上デブリ抑制のためのガイドラインと評価手順」を制定しており、スペースデブリの拡大防止に関しては先駆けといえます。現在は独自の軌道デブリ緩和基準(Orbital Debris Mitigation Standard Practices :ODMSP)を設け、コンステレーション、ランデブー及び近接、小型衛星等の取り扱いを効率的・効果的に行うよう推奨しています。

打ち上げ数も軌道上物体数もピカイチに多い米国が、軌道上のデブリをこれ以上増やさないようにする対策をリードしているため、一見デブリ対策には前乗りかと思いきや、消極的な面も垣間見えます。

すでに軌道上にあるデブリを削減していくADRに関して、2010年6月、国からNASAと国防総省に対し「軌道上のデブリを軽減し、除去するための技術の研究開発を推進せよ」と指示が出ています。しかし、既存の軌道上デブリを除去する施策は10年たった今も米国政府機関の具体的な任務として設定されていません。現在までの状況を踏まえると、ADRにはあまり興味を示していない、またはあまり開示する気がないように思えます。

欧州

一方、欧州は宇宙環境を脅かすスペースデブリ対策には大変前向きのように見えます。ESAは、2012年に横断的な技術テーマの一つとして「クリーン・スペース・イニシアチブ」を発表し、地球上や宇宙で自らの活動が環境に与える影響に、より一層の注意を払うことにしています。

このイニシアチブはデブリ対策に関して、「何もしないことは選択肢にならない。環境規制が経済界全体に適用されることで、宇宙産業のサプライチェーンの混乱リスクはあるものの、早期に行動を起こすことで、欧州産業界は先発企業としての優位性を確保し、新たな競争力を得ることができる。脅威をチャンスに変えるため、挑戦と行動が必要です。」と述べています。全ての宇宙開発を停止したとしてもデブリが増え続け、宇宙環境を汚していくこと自体に課題感を持っているため、デブリ緩和だけでなくADRにも大変積極的です。

ESAは、宇宙安全プログラムを通じて、各国の企業にデブリ防止対策技術を提供し、並行して各宇宙システムの状況と、管轄下のデブリ対策が遵守されているかを厳密に監視することで、軌道上のデブリ増加に歯止めをかけています。昨今は打ち上げや運用中に物質が剥離してしまう「シェディング」の量を最小限に抑える設計などに工夫を凝らしています。

ADRに関しては高度な画像処理、複雑な誘導、ナビゲーション、制御、およびデブリを捕捉するための革新的なロボットなど、必要とされる技術開発をESA内で行っています。この発出先として、2025年、ベガロケットで打ち上げ予定の「e.Deorbit」に期待が集まっています。このミッションは、ESAが所有する仮想デブリ(大型物体)を現在の軌道から外し、制御された大気圏再突入を行うことを目的としたESA初のADR技術実証となると期待されています。

中国

2007年に自国の宇宙技術の実証のため、軌道上の人工衛星を破壊する実験をしたために、軌道上のデブリを一度に2500個も増やしてしまいました。各国から大批判を浴びた中国ですが、ここのところは宇宙開発先進国同様、スペースデブリ問題にも関心を持っているようです。2018年に中国の大学の研究室が発表した論文では、軌道上の微小デブリをレーザーで溶かして除去するといった研究が発表されましたし、中国国防情報局でも、デブリ除去技術の開発を推奨している、と言った発言があり、中国国内での認識が変わってきたようです。

ただし、中国がデブリ除去のために研究開発しているデブリ除去技術は、「少なくとも一部は米国の衛星に対する武器としても機能する可能性がある」いう国防情報局の発言もあり、前向きな理由が一概に宇宙の環境問題改善だけではない、というふしがあります。

日本

米国で1995年に提出された安全標準「NSS1740.14:軌道上デブリ抑制のためのガイドラインと評価手順」に基づき、JAXAの前身であるNASDAにてデブリ抑制の対策が検討されはじめてから、日本でのデブリ対策検討は研究者・国・民間で協力して進められてきました。

監視・観測に関しては、前述の通り岡山県の施設で観測を行っているほか、デブリを大量発生させるリスクのある大型の軌道上物体の運動を把握するため、長野県入笠山光学観測施設に60cm望遠鏡を設置して物体の直接観測を試みています。

ADRの重要技術の一つ、デブリへの接近では「こうのとり」で培った技術を元にした研究開発が進んでいます。民間ベンチャーとの協業も特徴的で、2020年3月にはJAXAが「Commercial Removal of Debris Demonstration(CRD2)プロジェクト(デブリの商業的除去のデモンストレーション)」を発表しました。日本のベンチャー企業、 Astroscaleとともに行う実証です。このプロジェクトでは2022年までに、日本で以前打ち上げたロケット上段をターゲットとして、ADR前半のキー技術となるデブリへの接近・近傍での姿勢制御の実証を行い、デブリの運動状態や損傷・劣化状況がわかるデータの取得を行います。

さらに、株式会社ALEではミッション終了後、軌道から速やかに退避するPMDのための技術実証として、導電性テザー(Electric Dynamic Tether:EDT)を用いた実験を行うことを発表しています。

政府でも、防衛省を中心に、宇宙状況監視(SSA)での予算組が行われているほか、各省庁で運用する衛星のデブリ化防止に関しても言及されはじめています。

参考:GOSATのスペースデブリ化防止について(環境省)

今後の課題

2007年の中国の軌道上破壊実験の頃から、デブリ問題の認識は研究者以外にも拡大してきました。10月13日、 AstroscaleはシリーズEで54億円を追加調達し、これで累計調達額は210億円となりました。持続可能な社会実現が叫ばれる中、宇宙環境の持続に向けての動きに少しずつ資金も集まってきています。欧州や日本が2020年代での実証を目指し盛んに動いていることもあり、技術的な検証がこの数年で加速する気配を感じます。

一方、この問題に対する各国のスタンスはバラバラ、国際的なルールも強制力がない状態が10年続いています。デブリ除去は地球観測のように地球を便利にするわけでもなければ、探査機のように未知の領域に挑戦するわけでもありません。いわば、COP21のCO2削減目標のようなものです。CO2削減ミッションのために追加費用を仕払う企業は、最近でこそ増えてきましたが、まだまだ対策に乗り出している企業は一握りです。

PMD、ADRともにデブリ対策がビジネスとして成立するためには、その技術に国や企業が費用を支払ってくれなければなりません。強制力のないルールだけでは、デブリ除去に莫大な費用を支払ってはくれないでしょう。現時点ではまだ、スペースデブリに大きな市場性があるとは言い切れない状態です。ただし、日本は政府を筆頭に民間ベンチャー、JAXAなどが協力して技術検証を進めており、もしも市場性が見込めれば、世界をリードできる可能性も秘めています。

ルール整備が各国の宇宙開発の首を締めては元も子もないものの、しっかりと守るべきルールを作り、市場を作っていくような動きが求められています。

(個人的には、 Astroscaleの岡田社長は国際的なルール整備まで踏み込んで世界全体を変えていこうとしているため、同社の活躍が今後のスペースデブリ市場を左右するだろうと見込んでいます!)

提供元・宙畑

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