(本記事は、星﨑尚彦氏の著書『0秒経営 組織の機動力を限界まで高める「超高速PDCA」の回し方』=KADOKAWA、2018年10月5日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

【本書からの関連記事】
(1)メガネスーパーが8年連続赤字からV字回復できた、たった一つの理由(本記事)
(2)なぜメガネスーパーの店舗はごちゃごちゃしているのか
(3)高速でPDCAを回したい上司が部下に言ってほしいフレーズは?
(4)「多数決」がダメな理由

「普通の経営」では絶対勝てない

私は現場が好きだ。0秒経営に興味がある社長なら、現場は絶対に避けて通れない。現場にいれば否応なく、さまざまな課題を発見できる。よく「社長は現場の声を聞くべきだ」といわれるが、私は「現場そのもの」だ。

この環境に身を置けば、気がつくことがいくらでも出てくる。オフィスになど引っ込んでいられない。それをいちいち指摘するから、社員たちにとっては相当うるさい社長だろう。

「早くあのお客さまにつけ!」
「顧客情報を打ち込む画面の遷移が遅い!」
「なんでもう1台、レジを増やさないんだ?」
「こんな非効率なこと、まだやってるのか?」

指摘していることは一つひとつ、マイクロミニなことばかり。しかし、店作りにおいて大事なのは、日常業務における「なぜ」の追求なのである。どんな小さなことも、「なぜ」そうするかを考え抜く。社長自身が現場を鼓舞し、「なぜ」を突き詰める。「なんとなく」で続けている無意味なルーティンを潰していく。こうして1000本ノックのように「なぜ」を打ち続けていくと、スタッフ自らが考え行動する、強い店舗ができあがる。高付加価値のサービスを提供できるようになる。そして社長が現場に出向いていれば、「今すぐ!」の判断ができる。店舗運営にまつわる細かな判断も、大きな経営判断も同じ。「今すぐ!」だ。

私自身が、接客状況や商品動向、お客さまの声に触れながら、スタッフからの疑問にもその場で答える。経営判断に必要なデータも、ライブで掌握する。つまりここでは、本社と現場の距離が、ゼロなのだ。

「現場の様子がわからない、現場が動かない」と悩む本社もいなければ、「本社は何もわかっていない」と愚痴る現場もいない。本社と現場が一つになっているからこそ、何をするにも早いのだ。全社会議で決まった施策が、その日のうちに全店舗で実施されることも、メガネスーパーならまったく珍しいことではない。それが私たちの0秒経営だ。私1人が「やれ」といったところで、到底実現できるものではない。

従業員1600人、皆でゼロから作り上げた経営スタイルだ。私たちは何をするにも全員で考え、全員で動いてきた。だから速い。それは、小売業界の常識をくつがえすスピードだ。あまりの速さに、アライアンスを組む相手を探すにも苦労する。スピード重視の見切り発車で痛い目にあったこともある。あわや倒産という失敗も散々してきたことは認めよう。だが断言したい。私たちのような中小企業が、普通の経営をしていたら、勝てるはずがないのだ。かつて8年連続の赤字に苦しみ、明日をも知れない命だったメガネスーパーが、わずか3年でV字回復を果たすことも、なかっただろう。

メガネ1本3万6000円でも「安い!」

そう、たった4、5年前までメガネスーパーは倒産寸前だった。そこからの復活劇は、私たちにとって大きな成功体験だ。まだまだ課題は多く、油断もしていられないが、自分たちの戦い方は間違っていないと確信するには十分な体験をした。今は、次の決算が楽しみでならない。

メガネスーパーは、何が変わったのか。まず、ビジネスモデルの大転換がある。2014年6月、私たちは「アイケアカンパニー宣言」を掲げた。これを境に、安売りメガネのイメージを払拭し、「眼の健康」にまつわる専門知識を武器に、高付加価値のサービスを提供するようになった。

ターゲットは、遠近両用レンズなどを使い始める40歳以上のミドル・シニア。最大50項目を超える独自の検査を行い、お客さまの眼の健康を考えたメガネを、オーダーメイドで作り上げる。これが、老眼や「合わないメガネ」からくる体の不調に苦しんでいた中高年のお客さまから、絶大な信頼を得た。今では、お客さまの7割が40代以上である。

「レンズ代0円」という業界慣習からも脱却した。レンズを有料化し、メガネ一式の平均価格は3万6000円と、業界水準を大きく超える高価格に変わった。この高価格に見合った検査や接客ができるよう、店舗のリニューアルも漸次進めている。また、これも無料が当たり前だった保証を有料化し、「HYPER保証プレミアム」サービスを始めた。通常の保証でも購入6カ月以内なら何度でも度数変更無料、正常な使用で品質に問題があったら1年以内なら無料で交換・修理を受け付ける。

有料保証では月々300円の費用で、自責他責問わず3年間何度でも、度数交換やフレーム交換にわずかな費用で対応する。もし交換をしなければその保証費用分のメガネスーパーのギフト券をお渡しするので、お客さまにとってはまったく損がない保証サービスとなっている。

どれもこれも、メガネ業界の常識を破壊する、インパクトが大きい施策ばかりだ。とりわけ、レンズ代0円に慣れているお客さま、また「眼の健康」をとくに意識することのない若いお客さまには、「メガネ1本に3万6000円は、高すぎる! だってJINS やZoff なら……」と思われてしまうかもしれない。

しかし、考えていただきたい。大切なのは価格ではなく、その価値である。仮に、メガネ1本を3年で買い換えるとしても、月当たり1000円、1日当たり33円ほどでしかない。情報の8割が入ってくるという眼の健康、そんなかけがえのない価値が、1日33円で手に入る。決して高くはないのではないだろうか。

私たちはそのように考え、ご提案している。事実、アイケアカンパニー宣言後のお客さまには、むしろ「安い!」と感謝されるようになったぐらいである。店舗も連日、大変な賑わいだ。

8年連続赤字からV字回復できた、たった一つの理由

おかげでメディアは、華麗なる復活劇、と称賛してくれる。私のことも、「再生請負人」として、少々注目してもらえるようになった。だが、メガネスーパー復活の本質は、ビジネスモデルの転換そのものではない。本質は、「社員の意識改革」にある。すなわち、「指示待ち」社員が、自分から動ける社員に変わった。長引く苦境のなかで自信を失った社員が、やる気にあふれる社員に変わった。「やる」といったら必ず「やる」社員に変わった。

きわめてシンプルな話、会社経営においては、やる気イコール、売上だ。やるべきことをやらなければ売上は落ち、やるべきことをやっていれば売上は伸びる。問題は、やる気を出せと言われて、出せる社員などいないことだ。8年も赤字が続いていたら、なおさらだ。かつてのメガネスーパーは、自分のアタマでものを考えられなくなっていた。「やってごらん」といっても黙るだけだった。トップが「やれ」と命じても動けなかった。だから私は、現場に足を向けた。

現場に自分の考えを伝え、「どうしたら黒字にできるか」彼らと一緒に考え、行動した。現場を動かす前に、まず自分の頭と体を動かした。そのうちに彼らも「こんなことをしてみたらどうだろう」とアイデアを出すようになった。すかさずそれを試す。失敗する。

イチローでさえ、四割バッターにはなれないのだ。私たち凡人の考えることは、ともすれば半分以上は失敗する。失敗するのは当たり前だ。けれども、「やってもダメなんだ」と思考停止するのではなく、「どうしたらうまくいくだろうか」と軌道修正して、またチャレンジする。このサイクルを毎日、超高速で回した。やがて結果が出始めた。「自分たちはやれる、売れる!」という経験が積み重なっていく。負けグセが染みつき、シラけていた店舗に、熱が生じた。その熱を作り、広げていくための施策は、確かに私が用意したかもしれない。意識改革の現場として、社長が直轄する「天領店」を設けた。私が現場にいき、接客から内装、コスト管理に至るまで、スタッフと共に見直した。本社と現場、全部門から200人を集めての「アクション会議」をスタートさせた。

毎週月曜日、およそ10時間、ぶっ通しの議論だ。100人の有志を連れて全国の店舗を回るのは、「ホシキャラバン」だ。天領店で培った「成功事例」をコピペ(コピー&ペースト、そっくりそのまま横展開)する弾丸ツアー。私は社員を乗せたマイクロバスを運転し、現地に着けばスタッフ全員と個店ミーティングをして、その後はスタッフとの個別面談、それが終わればチラシ配りである。夜はキャラバン隊全員で懇親会である。

こうした施策の一部始終は、のちに詳しく語っていきたい。だが、すべての発端は、社員から生じた熱である。そのことは何度強調しても、し足りない。それこそメガネスーパー復活の原動力であるということを本書の冒頭に、お伝えしたかった。0秒経営も、アイケアカンパニー宣言も、われわれ皆の、努力の賜物なのだ。
 

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星﨑尚彦
1966年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、三井物産(株)に入社。主に繊維事業、ファッション事業に携わった後、スイスのビジネススクールIMDへ留学。MBA取得後の2000年、スイスの宝飾メーカー「フラー・ジャコー」日本法人の経営者に就任、短期間で同社業績の飛躍的向上に成功。2013年6月、メガネスーパーの再建を任され、2016年に同社9年ぶりの黒字化を果たす。2017年11月には株式会社ビジョナリーホールディングスの代表取締役社長に就任。アイケアの啓発・普及を旗印に、先進アイケアサービス・店舗の拡大や積極的なM&Aといった成長戦略を加速させ、2018年には3期連続の黒字を実現。
 

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