(本記事は、星﨑尚彦氏の著書『0秒経営 組織の機動力を限界まで高める「超高速PDCA」の回し方』=KADOKAWA、2018年10月5日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
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売上のためならブランドを壊してもいい
誤解を恐れずにいえば、私がホシキャラバンで全国を回るようになってからというもの、メガネスーパーのお店は「汚くなった」。天領店の成功事例をコピペしたことで、確かに売上は伸び、店に活気が戻った。しかし店先にノボリは立つわ、音楽は流れるわ、店員はメガホンで呼び込みをするわ、ゴチャゴチャした「にぎやかし」だらけだ。スタッフ手書きのポップも解禁した。これも長らくご法度にされていたことだ。店舗ごとにポップのデザインがバラバラになってはブランドとしての統一感が出ない、というのが理由だ。
つまり、ファンドのもとで一度はオシャレにスマートに生まれ変わったブランドイメージが、私のせいでぶち壊しになった。現場の皆からも、バンバン批判された。私自身、ブランドビジネスの出身だから、気持ちはよくわかる。ブランディングの教科書があるとしたら、どれも避けるべきとされる施策だ。私だって本音をいえば、店舗ごとの統一感、ブランドの格式といったものにはこだわりたい気持ちがある。それでもあえて、「にぎやかし」を増やした。
なぜなら、ブランドは「売上」に勝てないからだ。商品が売れれば店は元気になり、売れなければ店はくすぶる。小売業とはそういうものだ。ならば、何を差し置いても売上をつくる、というのが合理的な判断であり、社長の仕事になる。目の前の売上、利益を作り出していくため、ブランドを壊す可能性があったとしても、あらゆる手を尽くさないといけない。そのために、私はあえて「にぎやかし」を増やし、店を汚していった。そして思惑通り、売上は伸びた。お客さまが戻ってくると共に、スタッフの表情も明るくなった。
社長の仕事は、会社のため社員のため、売上や利益といった「結果」を出すことだ。手段は二の次。そのときそのとき、ベストな手段を選ぶというだけだ。自分のポリシーも戦略も、ときにはためらいなく捨てる必要があるのだ。ブランドは大切。しかし、金科玉条のように扱うべきものではない、ということだ。余談になるが、以前は社員割引にケチをつけてくる人間すらいたのである。アパレル企業だと、給料の大半は自社ブランドにつぎ込んで当然といった風潮があるが、私は「社員からはお金をとってどうするんだ?」と考える人間だ。
そこで従来、10%だった社員割引を50%まで引き上げた。極端な話、社員や社員の家族には原価スレスレで買ってもらえばいいと思っている。そのかわり、社員の家族にメガネスーパーのメガネやコンタクトレンズを使ってもらいたいといった。すると必ず、こういう批判が返ってくる。「そんなに安くするとブランドに傷がつく」「ズルをして、友人に売る社員が出てきたら、どうするんだ」
まったく笑ってしまう。メガネ業界におけるメガネスーパーのシェアはたったの2%しかないのに、ブランドの毀損やカニバリゼーションを心配してどうする。また、社員が仲のいい顧客に割引を適用したとしても、その程度のズルなら笑って見逃すべきだ。喜んで使ってもらえばいい。
ビジョンを語る前に大切なもの
また、「にぎやかし」を増やせば売上が伸びるという話は、誰にとってもわかりやすい。ゴールがすぐ目の前にある。それに比べると、ブランドというのは、長期的な視点が大切になってくる。無論、今でもブランディングは重要だと私は信じている。いずれはきれいな店舗に移行していこうと思い、着々と計画を進めている。
キャラバンによって店がゴチャゴチャにした時期を「フェーズ1」だとすると、もう一度、店をきれいにしていったのが「フェーズ2」だ。2017年からは「フェーズ3」の段階にある。後に詳しく説明するが、ミドル・シニア層向けにアイケア商品やサービスを先鋭化させた次世代型店舗へのシフトである。フェーズ3こそ、はじめからの狙いだ。いつかは次世代型店舗を前面に押し出すブランディングをと画策していた。
しかしブランドが是と思っている人間に向けて、「いつかはブランド、でも今は汚くしよう」「お客さまが戻って、資金力がついてから店をきれいにしよう」といっても、社長の真意は伝わらないだろう。そんなことはおくびにも出さず「店を汚くするぞ」といい切ってみせないと、現場は変わらない。
メガネスーパーの社員は全国に1600人もいる。それだけの人数を一つの方向に動かすには目標はシンプルであればあるほどよい。なおかつ、目標は常にリーチできるレベルに置くことが肝心だ。「ちょっと頑張れば手が届く」「やればできる」というレベルが、人間は一番頑張りが利く。「にぎやかし」も、ちょっと頑張るだけで手が届く目標の一つだといえるだろう。
「経営者が語るべきは長期的なビジョンである」という話をよく聞く。ブランドを含め、長期的なビジョンが大切だという考えには、私も同意する。現在の黒字基調になったメガネスーパーならば、遠い未来も難なく思い描けるだろう。だが、赤字で明日には潰れるかもしれない会社には、「売上」が何よりの特効薬になるのだ。
「きれいごと」に報いたい
キャラバン隊として各店を回るのは、全国から集まってきた社員100名だ。それ以外にも、希望する社員は自由に参加できる。彼らは、私と思いを共有し、半ばボランティアで動いてくれている。自分の店を放り出して、ときには自分のプライベートの時間を犠牲にして、他店の売上向上のために一生懸命、汗をかいている。彼らは、天領店で生じた熱を全国に広げてくれた、一番の功労者だ。
私が感動したのは、彼らが「自主キャラバン」として動いてくれるようになったことだ。メガネスーパーはいま、地方のメガネチェーンとのM&Aを進めている。2017年1月に富山県のメガネチェーン「メガネハウス」を、2017年8月には大阪の「シミズメガネ」を傘下に収めた。彼らもまた売上不振に苦しみ、いち早く経営再建を果たしたメガネスーパーに助けを求めてきたのである。
すると、私の知らないところで、地方まで手伝いにいく社員が現れたのだ。いったいなぜそんなことを? 私は彼らに尋ねた。「私たちも、苦しんだ経験があります」「社長が代わって、仕事の仕方も変わった。本当に不安だった。きっと彼らも不安だと思います」「でも僕たちにもできたのだから、あなたたちもきっとできると、伝えたいんです」仕事はお金じゃないんだ、と思うのは、こういうときだ。本当に、頭が下がる。
断っておくが、管理職以上をのぞいてサービス残業は禁止とし、業務に関わる以上必ず賃金を発生させている。しかしここには、お金だけではない、プライスレスな働き方がある。
私は、彼らの働きになんとしても報いたいと思っている。プライスレスな働き方をしたら、あとからお金も、ポジションも、面白い仕事も、人間的な成長も、ついてくる会社にしたい。「そんなのきれいごとだ」と思われるかもしれない。たった今、ブラック企業に勤めて苦しんでいる最中の人たちには、信じてもらえないかもしれない。
だが少なくとも、メガネスーパーは彼らのプライスレスな頑張りに、報いる会社でありたい。そして、私は一度口にしたことは守る社長だ。これを「きれいごと」で終わらせるつもりはないと、ひたすら語り続けている。
会社の利益は、その証明のためにも絶対に必要だ。利益が出て、それが社員のもとに還元されて初めて、社員は「ああ、ぜんぶ自分のためになるのだ」と腹の底から理解するのだ。それまで社長は、人の4倍も5倍も身体をはり、何としても利益を出さないといけない。『やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやっても 人は動けじ』と、私は思っている。それほどまでに人の心を動かし、行動に導くことは難しい。大前提としていい出しっぺの本人が動かなければ、話にならない。そうして、きれいごとを現実のものにし、社員たちに「頑張れば報われる」と信じさせてあげるのだ。それができれば、熱はどんどん広がっていく。
星﨑尚彦
1966年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、三井物産(株)に入社。主に繊維事業、ファッション事業に携わった後、スイスのビジネススクールIMDへ留学。MBA取得後の2000年、スイスの宝飾メーカー「フラー・ジャコー」日本法人の経営者に就任、短期間で同社業績の飛躍的向上に成功。2013年6月、メガネスーパーの再建を任され、2016年に同社9年ぶりの黒字化を果たす。2017年11月には株式会社ビジョナリーホールディングスの代表取締役社長に就任。アイケアの啓発・普及を旗印に、先進アイケアサービス・店舗の拡大や積極的なM&Aといった成長戦略を加速させ、2018年には3期連続の黒字を実現。
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