(本記事は、髙橋芳郎氏の著書『アートに学ぶ6つのビジネス法則』=サンライズパブリッシング出版、2019年5月25日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

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ビジネスに役立つアートの「俯瞰力」

ビジネスを成立させるためには、目の前のお客様に注意を集中することが必要になるため、どうしても考え方が近視眼的になりがちです。

例えば、利益率が悪く定価で売ることが会社で決められている商品なのに値引きを要求されて「わずかな値引きで取引が成立するのであればいま決めてしまおう」という考えが頭をよぎらない人はいないでしょうし、契約を今ここでしていただけるのでしたら特別価格でと迫られて、焦って契約をしたがために失敗した経験を持つ人も多いでしょう。

アートでも細かい部分を仕上げるときには、一点集中で注意を傾ける必要がありますから、近視眼的になることが必ずしも悪いわけではありません。

しかし、細部に注意を集中しすぎると、離れて全体を見た時にバランスが悪くなって思わぬ失敗をしてしまいます。

特に組織などで働くビジネスパーソンの場合、目の前のお客様だけでなく、上司、部下、同僚、取引先、そして会社の理念や予算など、さまざまな人の思惑にバランスよく目を配らねば、誰もが満足する良い仕事ができません。

ですから、ビジネスにおいては一点突破の集中力や突破力はもちろんですが、それと同時に、常に全体を広く見渡せる「俯瞰力」が必要です。

この「俯瞰力」を養うのにとても適しているのが巨大アートの鑑賞です。

現代アートの作家の一部は、美術館の展示室にはとうてい収まらない規模の巨大なインスタレーション作品をしばしば制作しています。

それらの作品は、近くで見ると全体像がわからずとても奇妙に見えますが、遠くから俯瞰して見ることで知的な興奮や感動を呼び起こします。

例えば、ブルガリア生まれの現代アーティストであるクリストとジャンヌ=クロードの夫妻は、美術館の建物や海岸や橋などといった巨大な建造物を、布ですべて覆ってしまう「梱包」作品で知られています。彼らの作品を近くで見ると、それは何かに張った大きな布のように見えることでしょう。

少し離れてみても、何らかの実用的な目的のために建物を囲っている覆いに見えないこともなく、アート作品と気づけないことがあります。

クリストとジャンヌ=クロードの作品が輝きを放つのは、そこにある建造物がそのままのかたちで「梱包」されているのを俯瞰で見たときです。

そのとき私たちは、元の有名な建造物の姿を頭の中にありありと思い描き、そのイメージと、目の前に見えている「梱包」された建造物とのギャップに驚き、何かを感じることでしょう。

このようにクリストとジャンヌ=クロードの作品は、空間的にも時間的にも「俯瞰」する視点を持たないと、理解できないものだと私は思います。

アートの歴史は、俯瞰力によって前進してきた

そもそもアートの歴史というのは、先行して存在する作家や作品に対して、常に俯瞰的な視点で批評を加えて、それを乗り越えていくことの繰り返しです。

フランス美術史でいえば、18世紀に貴族たちの優雅さを象徴するようなロココ主義が流行したのに対し、フランス革命が起きてナポレオンが皇帝になると、古代ローマのような力強さを意識した新古典主義が隆盛します。

しかし、理性とロゴスを重視した新古典主義の重苦しさに嫌気がさした若い画家たちは、感性に訴えかけるような色彩豊かなロマン主義の絵画を生み出します。

ロマン主義絵画で最も有名な作品は、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」です。乳房をむきだしにした女神が先陣に立つ構図はいかにもフィクションですが、そのようなドラマチックなロマンが求められたのです。

現実とはかけ離れたドラマのロマン主義が優勢になった時代には、それに対してリアリズムを求める声が高まります。写実主義の登場です。

この写実主義の延長線上にあるのが印象派です。印象派は、実際の光りの中にはさまざまな色が見えることに着目し、人の肌であろうが、水面であろうが、その色を見えるままに描くことに注力しました。これもまた別の写実主義です。

また、印象派の中には、それまでは絵画の主題にならなかった一般市民の生活を描写することに力をいれたドガのような作家もいました。

写実主義と印象派によって、絵画はアカデミズムや王侯貴族の高等趣味から離れて、今日、私たちがよく知るようなアートへの第一歩を踏み出したといっても過言ではありません。

その後の美術史も常に、前時代の否定と革新の運動によって刷新されていきます。

ドガやモネやルノワールらの印象派の後は、ゴッホやゴーギャンやセザンヌといったポスト印象派の作家が活躍します。

印象派の画家たちが、対象物の輪郭を曖昧にして光の中で揺らぐ色彩の移り変わりを描いたのに対し、ポスト印象派の作家は、輪郭線をくっきりと描き、明確な構図と強烈な色彩を使って見る人の心を揺さぶる力強い絵を描きました。

ポスト印象派の流れを汲むのが、マチスやルオーらに代表される野獣派(フォーヴィスム)です。彼らは原色を使った荒々しい色彩で「野獣派」と称されました。

写真の発明から始まったアンチ写実主義の流れは、二次元の平面芸術としての絵画を、目を喜ばせる色彩の競演として再構築していったのです。

ピカソはビジネスマインドがあるから売れた?

その後、満を持して登場したのがピカソとブラックらによる立体派(キュビスム)です。

「アヴィニョンの娘たち」や「泣く女」に代表される、ピカソのキュビスムの絵画は、三次元の空間にいるモデルを、二次元の平面上にむりやり置き換えるという手法で、絵画に対する強烈な批評を行いました。

それまでの絵画は「絵を見た鑑賞者がどのように感じたか」を大切にするものでした。ピカソの絵画は、そのような芸術のあり方や関係性を否定します。

ピカソは作品を制作するにあたり「鑑賞者が絵を見てどのように感じるか」ではなく、「画家が作品を制作するときのコンセプト(概念)こそが優先されるべきだ」と考えました。

そのような発想の転換があって、キュビスムという絵画表現形式が生まれたのです。

このピカソが始めた「アートには画家の制作動機や概念こそが重要」という考え方は、その後の現代美術へと受け継がれ発展していきます。

従来の一点透視図法では、向こう側に隠れてしまう対象の特徴を表現することはできません。背面に隠れた特徴を描きたくてもあきらめるしかありませんでした。

しかしピカソは、それまで絵を描くときの約束事だった一点透視図法を無視することで、それまでは描くことが出来なかった対象の隠れた特徴を描きました。立体を展開図のように広げて二次元のキャンバスに同時に描くという方法で解決したのです。

他の画家が一点透視図法に縛られて、三次元を二次元に写すという作業に没頭している中で、なぜピカソだけが「絵画とは所詮二次元だ」と見抜けたのか。それは、この時代においてピカソが卓越した俯瞰力を持っていたからだと思います。

ピカソが55歳のときに描いた「ゲルニカ」などの絵画を観た一般の方は、ピカソとは「子どもの落書き」のような絵を描く人だと感じることがあるようですが、20代前半までのピカソは、モノの輪郭をとらえることにおいても、情景描写においても、非常に卓越した技術力のある画家でした。

しかし、いつの時代でも同じですが、技術力のある若い画家は他にもいます。その中でピカソが売れる画家に変貌するためには、ただ絵が上手いという以上の何かが必要でした。

ピカソは当時のフランス画壇をビジネスマインドで眺め、自分を俯瞰し、そこに足りないものを見つけようとしました。そしてさまざまな試行錯誤の結果、ようやく時代のニーズに合ったのがキュビスム絵画だったのです。

ピカソはアーティストの中でもすぐれてビジネスマインドを持った画家でした。

ピカソはその時代によって絵のスタイルが変わるということで知られていますが、実は同時期に複数のスタイルの絵を、画商に合わせて描いていたことがわかっています。革新的な絵画に理解のある画商にはキュビスムの絵を、伝統的な絵の好きな画商には従来の絵画をと、顧客に合わせて描き分けていたのです。

また、嘘か本当かはわかりませんが、まだ若くて無名の画家だった頃に、友人に頼んでそこら中の画廊で「ピカソという画家の絵はあるか?」と聞いて回ってもらったそうです。

当然、画廊からは「いや、うちでは扱っていない」との返事が戻ってくるのですが、画廊主としては、少しは「ピカソ」という謎の画家のことが気になります。「若い人の間で人気が出ている画家なのかな?」と思うことでしょう。

その数日後、ピカソがその画廊に「絵を買ってくれないか」と売り込みに行けば、買ってもらえるかどうかは別にして、好意的にもてなされることは間違いありません。

このように顧客である画廊の立場にたって物事を考えられたピカソは、当然のように人気画家へと成長していきます。他の画家と比べてビジネス感覚が圧倒的にすぐれていたのです。あれほど斬新で良い絵をたくさん描いていたゴッホが、まったく売れずに失意のまま自殺したのとは対照的です。

もちろん、ピカソは実力的にも折り紙つきの画家でした。しかし、どんなに実力があっても、ビジネス感覚を持っていなければ、数多くのライヴァルたちとの競争に勝って、専属画商をつかまえることはできなかったでしょう。

印象派以降のアートは、美術という枠組みを俯瞰して、その枠組みを壊して拡大する運動と記述することができます。

より広い俯瞰的な視点で活動したアーティストが、新たな運動の立役者となり、美術史に名を残していきます。

ピカソはキュビスムで、従来の写実的な絵画の概念を俯瞰して、絵画を二次元の平面上の線描に再構築し、私たちの知る20世紀の美術史に絵画で革命を起こした、あのピカソになりました。

ピカソの後も、例えばマルセル・デュシャンが、ただの男性用小便器という工業品に名前をサインすることで、新しいアートの概念「レディメイド」を作りました。

従来の美術作品がいずれもアートとしてあがめられているのは、画家のサインがあることと美術館に収められていることだけだと喝破したのです。

デュシャンは、アーティストのサインさえあればどんなものでもアート作品になるとばかりに、挑発的にただの小便器を美術展に出品しました。当然、展示は拒否されたのですが、その出来事自体が話題となって、デュシャンの名声は高まりました。

俯瞰思考で「そもそも美術品とは何か」をとらえなおしたデュシャンの大勝利です。

このことを別の言葉で言い換えると「コンテンツとコンテキストの理解」となります。

ピカソは、自らが描いてきた絵というコンテンツ(作品)にとらわれることなく、美術業界や美術史といったコンテキスト(文脈)の中で何が求められているかを、客観的に考えることができました。

自らのコンテンツ(作品)に対して愛情がありすぎるクリエイターは「よい作品を作っていればいつかは認められる」との偏った信念があります。

ですから、画廊に対して友人をサクラとして使うような「ピカソの絵を置いていますか」式のマーケティングを忌避するでしょう。

それはそれで立派なことだと思いますが、顧客のニーズをつかむといったマーケティングの基本を欠いているので、そのままではなかなか売れる作家になることは難しいでしょう。

俯瞰視点でビジネスを眺めればイノベーションを起こせる

ビジネスというのは、最初はどうしても先達や先輩から教わったやり方を踏襲して真似るものですが、他人と同じことをしていても、突き抜けることはできません。

目の前の仕事は一所懸命やるとしても、それと同時に一歩引いた視点で、自分の仕事を検証する必要があります。

美術史において評価されるのは、誰もやっていないことを初めてやった画家です。

印象派が話題になったのは、対象物を精緻に描写する絵画が一般的であった時代に、まるで下書きであるかのような粗いタッチの絵を、堂々と完成品として提出したからです。

ピカソやマチスが有名になったのは、絵画とは三次元の対象をいかに二次元上にうまく表現するかであると思われていた時代に、発想を転換して二次元の絵を描いたからです。

彼らは、絵画とはしょせん二次元であるのだから、平面の絵を平面としていかに表現するかで勝負すればよいと考えたのです。

ですから、ピカソやマチスの絵は、現代で言えばイラストのようなおもむきがあります。というより、ピカソやマチスが、現代のイラストレーターの生みの親なのです。

現代アートの村上隆も、アートが高尚なものだと思われているところに、日本のアニメやマンガなどのサブカルチャーの要素を導入して、その斬新さを認められました。

ビジネスにおいても従来のやり方へのこだわりを捨てて成功した事例があります。ブックオフは、当時の古本業界の慣習を破る大革命で業績を伸ばしました。

それまでは、古くて希少価値のある古書だけに価値があり、新しい中古本には値がつかなかったのですが、ブックオフは新しい本をも積極的に買い入れて販売することで、新刊書店のニーズを奪っていきました。従来の古書店ではなく、新刊書店を競合として据えたのです。

ブックオフが画期的だったのは、古書店ではなく新刊書店を競合にしたことばかりではありません。

かつては古書の仕入れは、相場観のある店主の目利きによらなければならないものでしたから、大量に仕入れて大量に売ることができませんでした。

新古書店は、本の内容とは無関係に、発行年月日からの日数などで一律に仕入れ価格を計算するシステムを整えて、アルバイトでも仕入れ(古本の買い取り)をできるようにしました。これによって、大量出店が可能になり、スケールメリットを活かせるようになったのです。

もう一つ、中古車販売のガリバーの事例を紹介しましょう。

中古車販売は、中古本販売とは異なり、単価が高いためにそれほど頻繁に売れないものです。また、中古車を仕入れてから売れないままに在庫として滞留すると、キャッシュフローも悪化しますし、商品価値もどんどん下がっていきます。

そのため、従来の中古車販売業では、売れる車をいかに仕入れるかが重要になっていました。昔の古書店と同じで、大量に仕入れて大量にさばくことが難しかったのです。

ところで、なかなか売れない中古車はどのように処分するのかといえば、業者間オークションがあって、そこで捌くことになっていました。

もちろん業者間オークションよりも自店舗で売ったほうが高く売れるので、できればそうしたいのでしょうが、中古車は時間の経過とともに価値が下がるリスクがあり、在庫として大量に抱えるには場所を取るという問題がありました。

そこでガリバーは、仕入れた車をすべて業者間オークションで販売することで、大量に仕入れることを可能にしました。

オークションですぐに販売することを前提にすると、売れ残りがなくなりますし販売価格も読めるので、買い取り価格が明朗になります。他の中古車販売店は、買い取り時に在庫リスクを考慮して見積りをしますが、ガリバーはそれをしないので、逆に高く買い取れるようになったのです。

買い取り専門店に特化したことで、他の中古車販売店との差別化ができたのです。

これらの事例はいずれも、自社のビジネスや業界の慣習を俯瞰して眺めて、そこに存在する「足りていない部分」を穴埋めするかたちでビジネスモデルの刷新をはかったものです。

このとき、同じ業界内の他社ばかりを眺めていると、なかなか俯瞰的な視点を持つことができません。それまでの業界の慣習や常識に縛られてしまうからです。

ブックオフもガリバーも、「俯瞰視点」でビジネス全体を眺めたからこそ、柔軟な発想ができたのでしょう。

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髙橋芳郎
株式会社ブリュッケ代表取締役。1961 年、愛媛県出身。地元の高校を卒業後、1979 年、多摩美術大学彫刻家に入学。1983 年、現代美術の専門学校B ゼミに入塾。1985 年、株式会社アートライフに入社。1988 年、退社、独立。1990 年5 月、株式会社ブリュッケを設立。その後、銀座に故郷の四国の秀峰の名を取った「翠波画廊」をオープンする。2017 年5 月、フランス近代絵画の値段を切り口にした『値段で読み解く魅惑のフランス近代絵画』(幻冬舎)を出版。
 

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