リカレント教育はほんとうに学び直しなのだろうか?

ご質問6 日本では欧米に比べてリカレント教育(社会人の学び直し)が大きく遅れているとされており、大衆の平均値を底上げするという観点ではマイナスだと思うのですが、どう思われますか?

お答え6 たしかに、ご質問に添えていただいた下のグラフを見ると、日本は25歳以上になってから大学に入学する人の少ない国です。

英才教育は必要か?
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

でも、これってほんとうにいったん社会人になった人たちがもう一度大学で学び直しているということなのでしょうか

トップ2ヵ国はともに、兵役義務が非常に重い国々で、おそらくなんらかの理由でほかの人たちが大学に行く年齢で兵役に就いていた人たちがやや遅めに初めて大学に入学するケースも多いような気がします。

アイスランドについてはよくわかりませんが、デンマークの場合ですと、同じ資料の中の模式図に出ているように、失業手当の給付を受けるには教育訓練を受ける義務がともなうという理由で、失業期間中に大学に行く人が多いのだろうと思います。

英才教育は必要か?
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

くり返しになりますが、知的能力の開発という意味では、大学のような後期教育は初中等教育に遠く及びません

そして、初中等教育のうちになるべく均等に子どもたちの知的能力を伸ばすには、富裕層と中下層世帯との地域ごとの棲み分けを弱める必要があります

でも、今でも厳然とした階級社会であるヨーロッパ諸国や、完全なクルマ社会であるアメリカではそこがどうしてもできないようです。

ご質問7 日本では欧米や中国に比べて博士号を持つ人が少ないと言われます。これは各分野のエキスパートを養成する上でマイナスなのではと思いますが、増田さんはどう思われますか?

お答え7 まず、添えていただいたグラフの中で、首位と2位がアメリカと中国であることにご注目ください。

英才教育は必要か?
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

これまた、くり返しに近い私の年来の主張になりますが、アメリカと中国は押しも押されもしない利権大国の東西両横綱です。

利権大国度が高い国ほど、博士号取得者が多いという現象には、それなりの理由があるはずです。

利権大国の政府が国民に押しつけてくる政策は、既得権益集団が大衆を犠牲にしてますます豊かになるように仕向けるわけですから、どう考えても常識的に無理だろうというものが多くなります。

当然、批判や反発にさらされますが、そのとき博士号という立派な学位を持った人たちがもっともらしい理屈を付けて政府の方針を擁護してくれれば、それだけ抵抗を緩和することが期待できます

また、博士号が量産されるもうひとつの背景があります。

それは、学術誌がほぼ例外なく同輩による査読(Peer Review)を条件として論文を掲載するようになり、傑出した論文はめったに学術誌に載らず、ドングリの背比べのような凡庸な論文を大量生産した連中がお互いに引用し合って「業績づくり」をしていることです。

こうした空虚な業績で博士号を取得してしまった人たち同士が、もっと自分たちの権威を高めようとして、政府が推進する国策の応援団を務めるわけです。

さらに、中国の場合にはもうひとつ大きな要因が2014年まで影響していました。ご存じのとおり、中国は2014年まで「ひとりっ子政策」を掲げていて、原則として1世帯の子どもは1人だけしか認めていなかったのです。

この政策には2つ大きな例外規定がありました。ひとつは、少数民族であれば2人以上の子どもを持ってもオーケーということでした。

もうひとつが、夫婦のどちらかが博士号を持っていれば、何人子どもをつくっても大丈夫というものです。

中国が「知識産業立国」を呼号するやいなや、突如博士号取得者が増えた裏にはこうした事情があったわけです。

博士号取得が、エキスパートの育成に役立つかということとなると、工学系ではかなり効果がありそうですが、理学系、社会科学系ではあまり関係はなさそうですし、人文系となるとさらに関連は希薄でしょう。そもそも人文系は、昨今の大学教育では切り捨ての対象なのかもしれませんが。

ご質問8 アメリカにはUniversity of Peopleなど貧困層向けのほぼ無料で通える大学などがあったりMoocsという大学の講義が無料で受けられるサービスも進んでいるような印象ですが、どうしてエリートと大衆の知的格差が埋まらないんでしょうか?

お答え8 まず、アメリカの一般大衆のあいだでは大学教育を受けるための基礎的な思考訓練をほとんど経験していないので、ほんとうの意味での大学教育はたとえ無料で提供しても、受ける側の準備不足が大きすぎるという壁があります。

大学側もそれを承知していて、こうした貧困層向けの講義はたぶん日本で言えばカルチャーセンターの短期集中講義程度の内容でやっているのだろうと思います。

何しろ、アメリカと北朝鮮間の「軍事的緊張」が最高潮に達したときでさえ、世界白地図で北朝鮮の位置を示してくださいという質問への正解率が50%を超えたのは、大学院教育を受けたことのあるグループだけだったという国ですから。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年1月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。

文・増田 悦佐/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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