通常なら渦が自然に現れることは非常に難しいのですが、極めて低温の条件では、この量子トンネル効果によって渦と反渦のペアが壁を超えて生まれてしまう可能性があるのです。

ここで研究チームは、理論モデルをさらに精密化するために、渦が持つ「有効質量」という概念に着目しました。

「有効質量」とは、渦が動こうとするときにどれだけ動きにくいかを示す、いわば「渦の動きの重さ」のような概念です。

従来の理論では、この有効質量は一定で動かないと仮定されることが多かったのですが、研究チームは新しい視点から、有効質量が渦の位置や運動によって大きく変化することを明らかにしました。

これが今回の研究の画期的なポイントの1つです。

研究者たちは、この有効質量の変化をしっかり取り入れて理論を修正しました。

その結果、以前の理論モデルでは見落とされていた渦の生成しやすさ(量子トンネル率)が、より正確に計算されることになったのです。

つまり、この質量変動を取り入れることで、理論上予測される渦の出現率の計算が大きく改善されました。

最後に研究チームは、自分たちが立てた理論を実際に検証する方法も提案しました。

それが「渦カウント実験(vortex counting experiment)」と呼ばれるもので、実験室で薄膜に流れを与えて時間をかけて観察し、自発的に発生する渦の数を直接数える方法です。

もしこの方法で理論通りの数が確認されれば、「真空から有が生まれる」という不思議な現象の仕組みに大きく迫ることができるでしょう。

渦の質量変動が示す理論の進化

渦の質量変動が示す理論の進化
渦の質量変動が示す理論の進化 / Credit:川勝康弘

今回の研究は、理論的な提案という位置付けではありますが、物理学の未来を拓く大きな一歩になるかもしれません。

特に重要なのは、1951年に初めて理論的に予想されて以来、実際に観測することが困難だった「シュウィンガー効果」を、現実的な実験の視野に入れられるようになったことです。