このヘリウムの薄い膜に外から一定の流れを与えると、驚くべきことが理論上起こります。
(※ヘリウムの超流動薄膜も最初は静止した状態にありますが、外部から刺激を与えると超流動状態のため抵抗がないので、その流れは持続的に続きます。)
普通なら渦ができるためには何らかの物理的な障害物や刺激が必要ですが、この膜の中ではそうしたものが一切なくても、渦が突然、しかも自発的に現れる可能性があるというのです。
まるで平らな水面から突然小さな渦巻きが湧き出るような現象が、理論的に予想されました。
さらに研究チームは、この渦が生まれる現象が「どのように起こるのか」という具体的な過程を深く調べました。
すると、渦の生まれ方には、実は2種類あることがわかりました。
1つ目は、膜の「端っこ(境界)」から単独の渦がポンと飛び出す「外因的過程」です。
2つ目がさらに興味深いもので、膜の真ん中の何もない空間に渦とその反対方向に回る反渦がペアになって突然生じるという、「内因的過程」です。
特にこの2つ目の内因的な渦ペア生成こそが、真空で起こるシュウィンガー効果の「アナログ(対応する現象)」であり、この実験の最も重要なポイントでした。
無限にスルスル動き続けるヘリウムの中に突如、何の脈絡もなく渦のペアが現れるというのは古典物理学では考えにくい現象なのです。
シュウィンガー効果では真空から電子と陽電子という粒子ペアが生まれますが、この実験モデルではそれが「渦と反渦のペア」へと置き換わった形になります。
研究チームは、この渦ペア生成の現象をより正確に調べるために、量子力学の特別な現象である「量子トンネル効果」に着目しました。
量子トンネル効果とは、本来なら絶対に越えられないはずの高いエネルギーの壁を、粒子がまるで壁をすり抜ける幽霊のように、確率的に通過してしまう現象です。
今回の場合、この「壁」は渦が自然に発生するためのエネルギー的な障害です。